米国のバイオ燃料に対する優遇税制が、2011年末で失効しました。それまでは、石油由来燃料にエタノールを混合する業者に対して1ガロン当たり45セントの税額控除、エタノールの輸入については1ガロン当たり54セントの輸入関税措置が実施されていましたが、これらが消滅したのです。バイオ燃料に対する優遇税制はもともと2010年末までの予定でしたが、「グリーン・ニューディール政策」をスローガンに掲げるオバマ政権の下、エネルギー安全保障や雇用の確保の観点もあり、一年間延長されていました。

しかし、米国のエタノール業界向け補助金は年間で60億ドルに上っており、民主、共和の両党が財政赤字削減のため撤廃を推進する中、再延長はされず、自動的に廃止されました。今まで政府の手厚い保護の元に生産量を伸ばしてきた米国エタノール産業は、今後はこれらの補助なしでの事業展開を迫られることになります。

米国におけるエタノール需要の多くは燃料用途であるため、エタノールの採算は原油価格によって異なります。米国のエタノール生産において採算のとれるトウモロコシ価格の上限は工場によって違いますが、1ブッシェル当たり6ドル台というトウモロコシ価格と1バレル100ドルという原油価格の関係(2011年1月末現在)においては、補助金なしでは生産を長期間続けることが難しくなる工場が存在するとみられます。

一方、世界第二位のエタノール生産国かつ最大の輸出国であるブラジルでは、砂糖きびからエタノールを生産しています。同国ではエタノールのガソリンへの混合義務等の若干の政府関与はあるものの、エタノール産業は経済的に自立しており、現在の市況下において競争力のある構造になっています。米国における輸入関税撤廃はブラジルエタノール業界にとっては追い風であるとともに、米国エタノール業界にとっては逆風となります。

米国のバイオ燃料に対する優遇税制の廃止は、一見すると我々の生活とは直接関係のないもののように思われます。しかし、米国のバイオ燃料政策の変更は、今後の世界の食料需給や価格に大きな影響を与える可能性があります。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、世界の食料需要は2000年から2010年までの10年間で、穀物21%、大豆などの油糧種子は39%、食肉は22%、砂糖は33%増加しました。この間の人口の増加は13%ですので、食料の需要は人口の増加ペースを大きく上回るペースで増加しています。この背景には、食の高度化や食肉需要の増加に伴う飼料用需要の増加に加え、バイオエタノールやバイオディーゼルといった燃料用需要の増加があります。

特にトウモロコシの需要は10年間で38%、量にして2.3億トンもの増加となっており、その主役が米国のバイオエタノール用需要の増加です。2000年から2010年の世界のトウモロコシ消費量の増分に占める米国のエタノール用需要の増分の割合は48%であり、トウモロコシ価格上昇の大きな要因となりました。この需要増の原動力となったのが今回廃止された優遇税制です。トウモロコシ価格の上昇は、飼料用途で競合する小麦価格の上昇につながります。また、トウモロコシと大豆は作付け地域が重なっており、各々の価格動向が翌年の作付面積の決定ひいては生産量に影響を与えます。

そして、ブラジルでは砂糖きびからエタノールを生産しており、今後は米国におけるトウモロコシ由来のエタノール需給が砂糖の需給に与える影響が大きくなると考えられます。トウモロコシは生産・消費・輸出とも米国が圧倒的なシェアを持つ商品です。新興国を中心に世界の食料需要が拡大する中、今後も同国のエタノール政策が世界の食料需給や価格に与える影響は小さくありません。

では、今後トウモロコシ価格は下がり、世界の食料需給は緩和に向かうのでしょうか。2011年1月末現在では、シカゴ先物市場のトウモロコシ価格は1ブッシェル6ドル台の高値圏で推移しています。既に優遇税制の撤廃は織り込み済みであったことに加え、南米の天候不良による不作懸念など、足元における供給不足感が高まっていることが背景にあります。また、米国の長期的な再生可能エネルギー導入目標に変更がない点も指摘されます。しかし、今までトウモロコシ価格上昇の重要な要素であった米国のエタノール用途の急速な拡大には一旦歯止めがかかる可能性は高く、価格上昇圧力は弱まると考えます。

世界の人口増加、新興国を中心とする食肉需要の増加に伴う飼料用需要の拡大、穀物の単位当たり収穫量の伸びの鈍化などを考慮すると、今回のバイオ燃料に対する優遇税制廃止が世界の食料需給に与える影響は限定的かもしれません。しかし、米国に限らず、バイオ燃料政策は、温室効果ガス抑制に加え、エネルギー安全保障や雇用創出など、様々な国内事情を色濃く反映して成立しています。今後、世界の食料需要がこれらの食料と直接は関係のない要素によって左右されうることは、留意しておく必要があるでしょう。

コラム執筆:村井美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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