皆様は「MIT(エム・アイ・ティー)人脈」という言葉やその意味するところをご存じでしょうか。それは、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部と浅からぬ関係にある人々のことを指しており、かつて等しくMITでケインズ経済学を学び、MITで博士号を取得したり、後にMITで教鞭をとったりした「その道の専門家(テクノクラット)集団」のことです。

詳しくは、慶應義塾大学経済学部教授である竹森俊平氏の近著『世界経済危機は終わった』(日本経済新聞出版社刊)をご一読いただきたいのですが、そのなかで竹森氏は「今回(金融バブル崩壊後)の危機は、民主主義のプロセスによって選ばれたのではないテクノクラット集団によって救われた」という、実に興味深い指摘を行っています。このテクノクラット集団というのは、具体的には世界の主要な中央銀行のトップらのことを指しており、彼らの多くは前述した「MIT人脈」の一員なのです。ここで、竹森氏の指摘に基づいて筆者が主要人物の関係を整理してみた次の図をご覧ください。

20140625_tajima_graph.jpg

例えば、前FRB議長のベン・バーナンキ氏はスタンレー・フィッシャー元教授の弟子であり、フィッシャー氏は6月にFRB副議長として正式に米議会からの承認を受けています。また、現FRB議長であるジャネット・イエレン氏の夫であるジョージ・アカロフ氏はフランコ・モディリアーニ元教授の愛弟子であり、アカロフ氏と同じ2001年にノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツ氏は現日銀総裁の黒田東彦氏と古くから深い親交を持っています。

竹森氏によれば、MITの伝統は「バブルへの寛容性」であるとのこと。実際、主要中銀のトップらが金融バブル崩壊後の危機から世界経済を救ったのは、マネタリー・ベースの大幅な拡大に伴う資産価格の上昇を通じて全体を回復させるという「バブルと無縁とは言えない(=竹森氏)」手法を用いた政策でした。ちなみに、前イングランド銀行(BOE)総裁のマーヴィン・キング氏もMIT人脈の一員であり、キング氏は金融バブル崩壊後にマネタリー・ベースを以前の5倍以上も拡大させることで、イギリスの痛手を最小限に留めることに成功しています。

忘れてならないのは、現ECB総裁のマリオ・ドラギ氏もMIT人脈の一員であるということです。つまり、これはドラギ氏が必要であれば量的な金融緩和措置に躊躇なく踏み出す可能性が十分にあるということではないでしょうか。その実、前回(6月)のECB理事会後にドラギ氏は「これですべてが終わったわけではない」と発言しました。もちろん、この発言だけで市場がユーロ売りに傾き、結果として目下のディスインフレ状態が解消に向かうと同時にユーロ圏からの対外輸出が増加すれば、それに越したことはありません。

さもなければ、ドラギ氏はとうとう"実力行使"に踏み切らざるを得なくなり、結果的にユーロ安が進むといった可能性もあるでしょう。なにしろ、ドラギ氏が最も重視しているのは「ユーロ圏の分裂・崩壊の危機を何としてでも回避すること」であり、そのためであれば如何なる政策の実行に踏み切ることも辞さないものと思われます。そうであるとするならば、今後、ユーロは一段の下値を探る可能性があると言えるでしょう。

コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役