周知の通り、昨日(13日)のドル/円と日経平均株価はともに大きく上昇しました。最大の要因は、同日の日本経済新聞朝刊1面トップに「安倍晋三首相が法人税の実効税率の引き下げを検討するよう関係者に指示したことがわかった」との記事が掲載されたことです。多くの市場関係者や投資家などが夏季休暇に入るなか、足下で思うような運用実績を挙げることができておらず、人並みに「夏休み」などとは言っていられない一部のヘッジファンドが、この記事内容を格好の材料と捉えて飛びついた様が目に浮かぶようです。
しかしながら、単に「検討するように指示した」という材料だけで、このままドル/円や日経平均株価の上昇が今後の奔流になって行くと考えるのは、なかなか難しいものと思われます。もちろん、なおも市場では「大きな流れは円安・日本株高である」との見方が大勢を占めています。ならば、実際に相場の基調が再び力強く元の大きな流れに戻って行くようになるには、一体どのような前提条件が満たされねばならないのでしょうか。
それは、まず「米国の金融政策がいよいよ『出口』に向かって実際に動き始める」ことであり、その第一段階が「量的緩和の段階的縮小・解除(ターピング)」であることは言うまでもありません。目下のところ、その開始時期については大きく「9月説」と「12月説」があるようですが、去る8月6日に「ハト派」の代表として知られるシカゴ連銀のエバンス総裁が「9月に開始する決定を明確には排除しない」と述べ、「(決定の前提となる雇用者数の増加は)月間で17.5万人~20万人」と、以前の「20万人・5ヶ月連続」から若干下方に修正してきたことは見逃せないものと言えます。これは足下で米国の非農業部門雇用者数(NFP)の伸びが月平均で18.9万人となっていることを多分に意識した発言と考えざるを得ません。
いまのところ、市場はターピングの開始時期とその影響を巡る様々な思惑で、ときにリスク回避的なムードの下、ドル売り(円買い)の反応を見せたりすることもありますが、実際にターピングが開始され、粛々と段階的に進められて行くようになれば、むしろ市場はターピングをドル買い(円売り)の材料と見做すようになって行くことでしょう。
一方、目下の市場は日本の消費税率引き上げを巡る様々な議論の行方にも敏感に反応するようになっています。政府与党内にも一部、予定通りの実施に慎重姿勢を示す向きがあることで、仮に先送りされたならアベノミクスの進展に支障を来すとして、ときに消費税問題が円買い材料視されたりすることもありますが、①先送りされた場合、②より段階的な実施に路線変更された場合、③予定通りに実施される場合のいずれであっても、最終的に円売り材料と見做されるようになることは間違いありません。
とくに、前述の①あるいは②となった場合には、日本の財政に対する信認が失われ、日本の国債格下げ懸念とも相俟って市場は大きく「日本売り(円売り)」にポジションを傾けるでしょう。また、予定通りに実施となった場合(③)は、まず物理的な物価上昇に伴う日本円の購買力低下が円売り材料と見做されますし、増税に伴う景気への影響を考慮した政府が日銀に追加緩和を求めるとの思惑が円売りを誘う可能性もあります。仮に、政府が法人実効税率の引き下げに実際に踏み切ったならば、それは「政府がこれだけ大胆に切り込んでいるのだから...」という日銀への強いプレッシャーにもなるでしょう。
問題なのは、FRBがターピングの開始時期を決定するのも、日本政府が成長戦略第2弾を策定し、消費税問題に最終的な決定を下すのも、早くて年秋から年末にかけてのことになるということです。つまり、当面は相場が再び力強く元の大きな「円安・日本株高」の流れに乗って行くようになることも難しいと思われ、ときに様々な思惑から一時的にも円高・日本株安の方向に傾くこともあり得るでしょう。少なくとも、8月いっぱいから9月上旬にかけては、なおもドル/円が5月高値を始点とする「第4波(修正波)」の終点を探る展開を続けるものと見られます。もちろん、ここは少し長い目で見てドル/円や日本株を買い仕掛ける好機ということにもなるでしょう。
コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役