ついにドル/円が100円の大台を突破し、一気に102円台まで駆け上る動きとなりました。この動き、市場筋の間では「海外投機筋による力技によるもの」との見方が少なくないようですが、これはどういうことなのでしょうか。あくまで筆者の想像ですが、あのときの海外投機筋のやり取りの一部を以下に極力平易な表現で再現してみます。

A:「このところドル/円は100円手前で上値が重くなっている」

B:「ひとたび100円をつけると儲ける権利を失ってしまう投資家がいて、彼らは100円がつかないように必死の防戦をしているらしい...」

C:「よく言うバリアオプションだよね。でも、そういった類のオプション取引の多くはすでに期限を迎えているらしいよ」

A:「そのようだね。実際、100円手前の売りは一頃より薄くなってきている」
B:「あっ、さっき(5月9日)発表された米新規失業保険申請件数が08年1月以来の低水準になったって。ここは好い仕掛けどきなんじゃない」

C:「確かに、指標発表の直後から少しドル/円の動きが良くなってきた。でも、やはり99円台半ばまで行くかどうかといった感じだね」

B:「う~ん...」

A:「おいおい、一体どこの誰なんだい。FRBが近く量的緩和を縮小することを検討中という記事をウォール・ストリート・ジャーナルの記者が書いているという『噂』を流しているのは? 出所不明ということだが、市場はやけに敏感に反応してきたよ」

B:「ようし、これはいけそうだ。ここから一気に仕掛けるぞ~!」

実際にこんなやり取りがあったかどうかは定かでありませんが、5月9日のNY時間(日本時間は10日の午前2時ごろ)に、出所不明の甚だ胡散臭い「噂」が流れたことをきっかけとしてドル/円が一気に100円の壁を突破したことは事実です。後付けされた諸々の講釈には「米雇用指標の改善が大きなきっかけ」などとありましたが、それだけで相場が2円近くも円安方向に振れるというには相当に無理があります。

やはり、目下の市場は「FRBが緩和政策の出口戦略に早期に向かうかどうか」という点に過分なまでに神経質であり、ちょっとした噂にも敏感に反応してしまったということでしょう。また、ひとたび100円の壁を突破すれば、その手前で売りを仕掛けていた投資家が置いているストップ・ロスの買い戻し注文が次々に巻き込まれ、そこに新たな投機買いが呼びこまれて一気に相場が踏み上げられたということもあるでしょう。

ここでひとつ、冷静に考えておかねばならないのは「FRBが早期に緩和政策の出口戦略に着手する可能性」というのは、いまのところ、あくまで市場の一部でうごめいている勝手な思惑に過ぎないということです。周知の通り、FRBは「失業率6.5%、インフレ率2.5%程度が達成されるまで、現行の量的金融緩和政策を継続する」と"公言"しています。5月3日に発表された米4月の失業率は7.5%に低下しましたが、それでも目標到達までは遥かに遠い道のりがあります。まして、同月の米労働参加率は63.3%と81年以来の低水準にあるのです。よく言われるように、本当に米景気が回復軌道に乗って労働参加率が上昇すれば、むしろ一時的にも失業率は上昇します。

なおも、足下で円安&日本株高が進行していることは大いに歓迎すべきことであると思いますが、その背後に些かチグハグな実情も透けて見えるということは、頭の片隅に置いておく必要があるでしょう。

コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役