金曜日に「つくし総会」がありました。つくしとは、創業以来続いている当社の学生アルバイトのことで、つくし総会とはここ数年毎年開かれている、大同窓会のことです。去年のつくし総会では、なんとそこで急接近したバイト時期の離れたつくしカップルが、今春には結婚するなんてことにもなりました。つくしはそれなりのコミュニティなのです。

さてそのつくし総会、懐かしいとは云えまだまだ若い彼らとの会話は刺激に富んでいます。迫り来る総選挙についても話しました。私の隣にいたS君は、とにかく変化が欲しいと云ってました。政策の中身なんかどうでもいい、とにかく何かが変わって欲しい。彼はそう云うのです。

それは乱暴な云い方にも聞こえたのですが、週末に思い返してみて、「変化」とは民主主義の根本ではないかと思い始めるに至りました。必ずしも政権交代だけを指しているのではありません。政権が変わる変わらないかに拘わらず、変化しながら、時に失敗を犯しながら、そのブレの中で民意を反映したり、当代に合わせて社会構造を調整していくところに、民主主義の真髄があるのではないかと。こんなことは、当たり前すぎるくらい当たり前のことかも知れません。しかし恥を忍んで云うと、ちょっとその感覚が薄れていた気がします。変化自体に意味がある。

もう一度誤解を避けるために書きますが、私は政権交代を期待しているのでも、そもそも変化の種類としてそれだけを指しているのではありません。何かしらの形で変化していかねばならない。つくしとの会話は、大切な何かを思い出させてくれました。