今晩から北京に出張です。最高気温零度、最低気温氷点下十度とのこと。常に軽装の私としては珍しくコートも持ち、私なりの重装備をしました。それでも世の標準と較べるとかなりの軽装だとは思います。氷点下になると聞くと手袋も持たねばなりません。

そこでお気に入りの手袋をコートの内ポケットに入れました。この手袋は柔らかい革製で、色は茶色、内張は一切なく、シンプルな革一枚のものです。嵩張らず、お洒落で、とびっきり温かい訳ではないのですが、きちんと用は為す、如何にも私好みの一品でした。

何故過去形かと云うと、今日なくしてしまったのです。そろそろ空港に向かわなければとオフィスで荷物をまとめる時に、コートのポケットを見ると手袋がないのです。
ショックでした。モノに殆ど執着のない私ですが、こればっかりは落ち込みました。それだけ気に入っていましたし、一見ありふれたもののようで、これが中々同じようなものは見つからないのです。日本でも海外でも、機会がある度に探してみるのですが、同じようなものにお目に掛かったことがありません。あぁ~、ショック。珍しく落ち込んでしまったのでした。

しかしこれは「厄落とし」と考えるしかありません。そうです、未だ未だ一年の初めです。ここで厄落としが出来るとはありがたいことです。北京では鳥インフルエンザも発生したと云うし。今年は私たちにとっても激動の一年になりそうだし。これだけ気に入っていたものをなくしたのですから、それだけ厄落としとしての役回りも大きいと云うことでしょう。大祓えにする人形(ヒトガタ)のように、カラダ(の一部)と同じ格好をしていますし、身に付けていたものですから、厄落としとしては最適とも云えるでしょう。
ありがとう、そしてさようなら僕の手袋。またいいの探さなくっちゃ! ここで一句。「手袋は 外しても尚 温かく」~お粗末様でしたぁー。