さて今回の金融列伝は、マーケットの方向を当て続けた怪物についてです。名前はJG。彼は「オプション」の黎明期に、抜群の成績を上げたスーパートレーダーです。

オプションと言えばシカゴが本場ですが、当時シカゴのピットに於いてJGの存在を知らない者はいない程、彼は大量のオプションの売買を繰り返し、そして大きな利益を上げていました。今となってはウォールストリートもカジュアルウェアが主流ですが、本来はウォールストリートは服装等についてはとても保守的な場所です。しかし彼は、モジャモジャ頭に無精髭、ネクタイは外しスニーカーという、当時としては極端に常識を逸脱した装いで仕事をしていました。

ウォールストリートでも有数の投資銀行であったG社は、そんなJGを雇ったのですが、G社の経営陣からすると、風貌も理解不能、オプション理論も未だよく知られていない時代だったので喋ることも理解不能、オプションの売買とそのダイナミック・ヘッジという一連のオペレーションは、それこそ完全に理解の枠を超えていました。

或る時、マーケットが凄い勢いで暴落しました。後にG社の経営トップとなった、当時JGの所属する部門のヘッドであったお偉い氏は不安になり、自分の部屋からトレーディング・フロアに飛び出してきて、JGを掴まえて聞きました。「お前のポジションはロング(買い持ち)なのか?ショート(売り持ち)なのか?」JG曰く、「こんなにショートだよ」。お偉い氏は「おー、中々やるじゃないか。こういう暴落時にうまくショートになっていたものだ。」と感じて、「そうか、頑張れよ。」と言って部屋に帰って行きました。次の日、今度はマーケットが暴騰しました。お偉い氏は激しい胸騒ぎを憶えて、真っ赤な顔をして猛烈な勢いでJGの所へ駆け寄り聞きました。「おい、ポジションはどうなってる。昨日あんなにショートだったじゃないか!?」JGは平然と答えました。「こんなにロングだよ」。お偉い氏は前日以上にビックリし、JGを天才かと思いました。「うむ、そうか。頑張れよ」。その頃G社のトレーディング・フロアでは、こんな問答が何回も続けられていました。

−JGは天才だったのでしょうか?

答えはNOです。

オプション理論を書くと長くなり過ぎるので割愛しますが、JGは単にオプションをロングにしていて、その結果自動的に、マーケットが売られればショートになり、買われればロングになるようになっていただけなのです。マーケットの方向を当て続けられる怪物は決して居ません。JGはお偉い氏が知らないこと(オプション)を知っていただけなのです。

金融に於いては、他人より多くのことを知ることは、とても重要なことです。他人が知っていることを知らないと、思わぬ損をすることにもなりかねないということを肝に銘じておくべきです。