視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。人それぞれに鋭いもの、鈍いものがあったり、或いは国民性によって得意分野が違ったりもします。例えば日本人は相対的に味覚が優れていると思いますし、私が一番鋭いのは聴覚か嗅覚だと思います。人のアクティビティの種類によっても、メインとなる感覚は異なります。生産とか興奮は視覚に最も関係がありそうですし、幸福感とか懐かしい感覚は、触覚や嗅覚に強い影響を受ける気がします。古今集では「何かを見て心が動く」というように視覚が中心ですが、音を聴いて季節の到来を知ったり、匂いを嗅いで昔の恋人を思い出したりもします。しかし、私の記憶する限りでは、味覚や触覚に触発されて詠まれた歌はありません。古代の人は味覚や触覚が劣っていたのでしょうか。いやそうではなく、味覚・触覚は露わすぎて、歌にするには品があまりよろしくないと思われたのでしょう。見えないもどかしさ。聴けないもどかしさ。嗅げないもどかしさ。味わえないもどかしさ。そして、触れないもどかしさ。五感の中で、触覚は最も人間の根底に近い部分のものである気がします。