10月に発表した中間決算短信にも記載した通り(7頁)、この週末に本社の引越しを行ないました。あまりにも手狭であったのと、居た場所がいずれにしろ一年後には借りられなくなるためです。
新しいオフィスは丸の内1−11−1、香港の財閥の立てたPCPというビルの19階です。やはり短信に書いたように家賃は月間で5百万円ほど上がりますが、一約定当たりの限界利益を1000円とすると、一日当たり250件多く、最近の実績から計算すると3、4%程度約定が増えれば何とか高くなった分を払えます。
ロケーションとしては最高で、東証も近いし東京駅からも150メートルという近さです。やはりお客様商売ですから、人が集まり行き来する場所に近いのは縁起のいいことだと思っています。鍛冶橋の北西の角であり、東京駅の東側というと八重洲と思いがちですが、江戸城の東側は、神田橋、呉服橋、鍛冶橋、数寄屋橋までのお堀で囲まれた地域を御曲輪(くるわ)内と呼んでいたので正真正銘の丸の内です。皇居、北の丸公園、皇居外苑に足して、今の町名で言うと大手町、丸の内、有楽町までがちょうど御曲輪内になります。古地図で見るとこの場所は「松平三河守」の上屋敷となっています。将軍家康の次男秀康は豊臣秀吉の養子となり、更には関東の名族の結城氏を継いで結城秀康となり、のちに関ヶ原の戦いでの功績から越前(今の福井県)68万石に封ぜられました。これが結城三河守秀康で、その長男が松平三河守忠直。二代将軍秀忠は家康の三男なので、忠直は将軍家の兄筋で、かつ家康の孫に当たります。大坂冬の陣、夏の陣での功績も素晴らしかったそうですが、のちに乱行により除封。名家ということで子孫が美作津山(今の岡山県)に再興を許されました。幕末の美作津山藩主は松平三河守慶倫です。津山藩は10万石であまり大きな藩ではありませんでしたが、将軍家の兄筋の嫡男宗家であり、家門のなかでも極めて高位の家柄だったようです。そんなお屋敷の上方から、東京駅、丸の内一帯、皇居、銀座が見渡せます。17階、18階には当社と同日に上場したJSATさんが入居しており、二段ロケットで推し上げられるようでもあります。そんなオフィスから心機一転、社員一同更にバリバリ頑張って仕事をして参りたいと思います。
- 松本 大
- マネックスグループ株式会社 取締役会議長 兼 代表執行役会長、マネックス証券 ファウンダー
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ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社を経て、ゴールドマン・サックス証券会社に勤務。1994年、30歳で当時同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)に就任。1999年、ソニー株式会社との共同出資で株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)を設立。2004年にはマネックス・ビーンズ・ホールディングス株式会社(現マネックスグループ株式会社)を設立し、以来2023年6月までCEOを務め、現在代表執行役会長。株式会社東京証券取引所の社外取締役を2008年から2013年まで務めたほか、数社の上場企業の社外取締役を歴任。現在、米マスターカードの社外取締役、Human Rights Watchの国際理事会副会長、国際文化会館の評議員も務める。