AI時代のビジネスパーソンに必要な「右脳の筋トレ」
きっかけは、ある違和感でした。
AIの進化が加速するなかで、ビジネスの現場でも「左脳的な分析力」だけでは差がつかなくなってきています。データ処理やロジカルシンキングはAIが得意とする領域です。むしろ、これからの時代に人間が発揮すべきなのは、直感や美意識、物語を紡ぐ力――いわゆる「右脳」の領域ではないか。
そう考えたとき、ふと気づきました。
自分は、右脳を鍛える最高の環境にいながら、それをまったく活かしていない。
半径数キロに、これだけ揃っている都市は多くない
東京にずっと住んでいると当たり前になってしまいますが、冷静に考えてみると、ここは世界でも稀な「文化の密集地帯」です。
美術館、博物館、映画館、プラネタリウム、コンサートホール、ライブハウス、歴史的建造物――。
東京都内には美術館だけでも100施設以上あり、博物館を含めればさらに多く、ホールや劇場は1,000件を超え、ライブハウスも数百規模にのぼります。
上野公園を歩けば、東京国立博物館、国立西洋美術館、東京都美術館、上野の森美術館が並び、六本木にはサントリー美術館、国立新美術館、森美術館の「アート・トライアングル」があります。渋谷ではBunkamura、表参道では根津美術館、丸の内では三菱一号館美術館。電車で30分も移動すれば、まったく異なる文化圏に飛び込めます。
パリやロンドン、ニューヨークも文化都市として名高いですが、東京の特徴は「高密度に、多ジャンルが混在している」点にあります。伝統芸能の歌舞伎座から、最先端のデジタルアート施設チームラボ(teamLab)まで。クラシックの殿堂サントリーホールから、下北沢のライブハウスまで。古典と前衛、ハイカルチャーとサブカルチャーが同じ都市の中で共存し、しかも公共交通機関で気軽にアクセスできます。
このような環境は、世界的に見ても非常に稀です。
「いつでも行ける」が、「一生行かない」に変わる瞬間
ところが不思議なことに、海外旅行に行くと美術館や博物館には必ず足を運ぶのに、東京に住んでいるとほとんど行きません。
ルーブル美術館には行列に並んででも入るのに、東京国立博物館には年に一度も行かない。ブロードウェイのミュージカルは事前にチケットを取るのに、帝国劇場の公演はチェックすらしない。
「いつでも行ける」と思った瞬間に、「一生行かない場所」になってしまいます。
これは投資の世界でも語られるバイアスに少し似ています。手元にあるものの価値を過小評価し、遠くにあるものの価値を過大評価する。行動経済学でいう保有効果とは逆方向の現象に近いのかもしれません。近さが、かえって価値を見えなくしてしまうのです。
我ながら、人間らしいバイアスだと感じます。
文化体験は「消費」ではなく「投資」である
では、なぜ今あえて「東京の文化を体験しよう」と言いたいのか。
それは、文化体験がビジネスパーソンにとっての「自己投資」だからです。
マネックス証券のメディアでも「自己投資における複利効果」が語られてきましたが、文化体験にはまさにその性質があります。美術館で一枚の絵の前に立つ。コンサートで音の振動を全身に浴びる。映画で他者の人生を追体験する。こうした体験は、すぐにリターンを生むわけではありません。しかし、蓄積された感性はやがて「ものの見方」を変え、意思決定の質を高め、人を惹きつけるコミュニケーションの土台になります。
AI時代、定型的な業務はどんどん自動化されていきます。その先に残るのは、「人間にしか生み出せない価値」を問われる場面です。そこで求められるのが、右脳的な感性――まさに、文化体験によって磨かれる力なのではないでしょうか。
インターネットも楽しい。でも「体験」の密度が違う
もちろん、インターネットでも文化には触れられます。YouTubeで美術館のバーチャルツアーを楽しめますし、Spotifyでベルリン・フィルの演奏も聴けます。
しかし、実際に足を運ぶ体験とは、情報の「密度」がまったく違います。
絵画の筆致、彫刻のスケール感、ホールの空気が振動する感覚、周囲の観客と共有する時間。五感を総動員する体験は、脳に深い刻印を残します。そしてその刻印が、のちに「ひらめき」という形で思わぬタイミングで立ち上がってくる。
スティーブ・ジョブズがカリグラフィーの授業から得たインスピレーションがMacのフォントデザインにつながったのは有名な話です。文化体験のリターンは、いつ、どんな形で現れるか分からない。だからこそ「投資」なのだと思います。
東京に住んでいるなら、「文化の配当」を受け取ろう
ここまで考えてみて、自分自身への宣言として書いておきたいと思います。
東京に住んでいる以上、この「文化の密集地帯」の恩恵を活かさない手はありません。月に一度、美術館に行く。気になっていた映画を観に行く。たまにはクラシックコンサートに足を運ぶ。そのくらいのことなら、時間もコストもそれほどかかりません。
金融資産への投資と同じように、文化体験への投資も「長期・分散・積立」が効きます。一度にたくさん観る必要はありません。少しずつ、継続的に、さまざまなジャンルに触れること。その積み重ねが、10年後の自分の「感性資産」になっていくはずです。
インターネットも楽しい。でもこれからは、もう少し意識的に、東京カルチャーを体験する時間を増やしていこうと思います。
世界でも稀な文化の密集地帯に住んでいるのだから、その「配当」を受け取らない理由は、もうないはずです。
