「日本などと為替議題にならず」との説明との矛盾

ベッセント財務長官は最近でも、「中国や日本、韓国などの貿易相手国との協議で為替政策が議題に上ったことはない」と説明してきた。ところが、米財務省による6月5日の為替報告書発表と同時に出されたベッセント長官のコメントの中では、「トランプ政権は、米国との不均衡な貿易関係を助長するマクロ経済政策はもはや容認しないと貿易相手国・地域に警告してきた」と述べていた。

「マクロ経済政策」の代表格は通貨政策や金融政策というのが常識であり、ベッセント長官のコメントの「マクロ経済政策」を通貨政策と金融政策に置き換えると、「トランプ政権は、米国との不均衡な貿易関係を助長する通貨政策および金融政策はもはや容認しないと貿易相手国・地域に警告してきた」となる。そうなると、「中国や日本、韓国などの貿易相手国との協議で為替政策が議題に上ったことはない」という説明と矛盾する可能性が出てくるのではないか。

「円安と不当な低金利を警告してきた」と読める為替報告書

「米国との不均衡な貿易関係を助長する通貨政策および金融政策」とは、日本のケースについてより具体的な表現にした場合、「円安と不当な低金利」となるだろう。両者を置き換えると、「トランプ政権は、米国との不均衡な貿易関係を助長する円安と不当な低金利はもはや容認しないと日本に警告してきた」となる。これは、為替報告書の中の日本についての言及の以下の部分とかなり重なりそうだ。

「日本経済の成長とインフレ動向を踏まえ、2024年以降行われてきた日銀の引き締め政策は継続されるべき」であり、それにより「円安・米ドル高を正常化させるとともに、望ましい二国間貿易の構造的なリバランスにもつながる」。

つまり、「トランプ政権は米国との不均衡な貿易関係を助長する円安・米ドル高を正常化させるために、日銀は利上げを継続すべき」との考えをこれまで伝えてきたということだったのではないか。そして、「円安・米ドル高を正常化させる」との表現を文字通りに受け止めるなら、この報告者が公表された前日、6月4日の米ドル安値142円台も、まだ「不正常な円安」との評価であり、円安は130円台へさらに是正する必要があると考えていた可能性があるだろう。

以上のように見ると、「中国や日本、韓国などの貿易相手国との協議で為替政策が議題に上ったことはない」とのベッセント長官の説明は、それが「貿易相手国へ通貨高を要請したことはない」という意味ではないだろう。そうでなければ、「嘘」をついている可能性が高いと思われる。

為替合意は「嘘」が基本=ただ今回はかなり「露骨」

過去においても、為替調整について政府が公式に認めた例はほとんどない。米ドルの実質的な切り下げ合意を公表した1985年のプラザ合意はむしろ例外であり、これはG5(日米欧先進国)による多国間合意のため共同声明で「証拠」を残す必要があったのではないか。

一方で、二国間の為替調整の代表例だった1990年代の米クリントン政権時代の円高誘導は、クリントン大統領を筆頭に米政権サイドが露骨な円高要求の「口先介入」を行ったものの、それでも日米政府が公式に米ドル安・円高誘導の「通貨目標」を確認したことはなかった。

最近の場合でも、日米政府が米国からの円高圧力を公式に確認しただけで、為替市場から米ドル買いは消滅し、短期トレーダーは米ドル売りに殺到する可能性が高いのではないか。そうなった場合は、コントロール不能の円高となり、日米政府の想定以上の円高、米ドル安になるリスクもありそうだ。そうした意味では、米国からの円高圧力否定は「嘘」でも、それは通貨外交における「必要悪」なのかもしれない。

今回の為替報告書の表現は、「分かる人には分かる」という意味で、過去の例に比べて「露骨さ」が感じられる。おそらく、すぐに分かりそうな「通貨政策および金融政策」をあえて「マクロ経済政策」に置き換えたのも意図的だったのかもしれない。その場合、分からないことを「苦笑い」しているのかもしれない。そうしたところには、今回のケースで少なくともここまで主役を演じているベッセント財務長官の「性格」が影響しているように感じられる。