Tモバイル[TMUS]、「アンキャリア」戦略で躍進

大手の通信会社(キャリア)は、付加価値の高いサービスを展開できずに回線の提供に専念せざるをえない「土管化」の恐怖にいつも怯えているのかもしれません。「土管化」に陥れば競合との価格競争は避けられず、高収益化は難しくなります。

Tモバイル[TMUS]は2012年に最高経営責任者(CEO)に就任したジョン・レジャー氏が「アンキャリア(Un-carrier)」戦略を推し進め、同氏が退任した後も継続しています。「アンキャリア」はそのまま訳せば非キャリア化という意味で、通信キャリアという自社の存在意義の否定につながりかねません。

ただ、同社の場合、「アンキャリア」は規制にがんじがらめになって身動きの取れない従来型の通信キャリアから脱却するといった意味合いで使っているようで、「土管化」への抵抗と言って差し支えなさそうです。

ジョン・レジャー氏がCEOに就任した後は、細分化され複雑に絡みあっていた加入プランを解きほぐして簡素化。顧客目線の価値に重点を置く施策を繰り出しました。成果は明白で、「アンキャリア」前の2012年末に3340万人だった加入者数は、2024年末に約4倍の1億2950万人に急増しています。

ライバルのエーティー・アンド・ティー[T]やベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]が「土管化」の回避を目指した企業統合・買収(M&A)で迷走する中、Tモバイルは「アンキャリア」を掲げつつ、実際には地に足のついたM&Aを遂行してます。買収対象を「アンキャリア」にブレすぎないように絞り込んでいる印象です。

大型のM&Aで特筆すべきは何と言って業界4位だった通信会社、スプリントとの統合です。2020年の統合時には業界3位だったTモバイルは一気に上位2社との間合いを詰めています。さらに2024年には格安携帯電話サービスのミント・モバイルと国際電話に強みを持つウルトラ・モバイルを買収。同年には米国5位のユナイテッド・ステイツ・セルラー[USM]を44億ドルで買収すると発表しており、2025年中に完了する予定です。

【図表1】Tモバイル[TMUS]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:LSEGよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※期末は12月
【図表2】Tモバイル[TMUS]:週足チャート(移動平均線 緑色:13週、橙色:26週)
出所:マネックス証券ウェブサイト(2025年6月6日時点)

ベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]、バンドル事業で存在感

ベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]は地域電話会社のベル・アトランティックと独立系電話会社のGTEが2000年に合併し、誕生しました。携帯電話サービス、固定回線サービス、ケーブルテレビ、インターネットなど多様なサービスを一括して提供するバンドル(束ねるの意)のサプライヤーとしてプレゼンスを高めているようです。

事業の柱は携帯電話サービスです。2024年末時点の携帯電話サービス加入件数は、コンシューマー部門が0.2%増の1億1500万件、ビジネス部門が3.5%増の3100万件となっています。

一方、ケーブルテレビやインターネットは「ファイオス(Fios)」を通じて提供しています。「ファイオス」の売上高の9割がコンシューマー部門、1割がビジネス部門という内訳です。

ケーブルテレビ加入数はストリーミング方式の動画配信サービスの台頭に押され、縮小していますが、ベライゾンは動画配信のネットフリックス[NFLX]やウォルト・ディズニー[DIS]、ワーナーブラザース・ディスカバリー・インク[WBD]などと提携し、バンドル事業者として動画配信サービスを一括提供のメニューに組み込んでいます。

ビジネスの方向性を巡る動きでは2015年にAOL、2017年に米ヤフーというネット企業を相次いで買収し、メディア部門を立ち上げてネット広告事業の拡大を目指しました。ただ、事業は思うように伸びず、2021年には両社を手放しています。

最近のM&Aでは2024年9月に通信会社のフロンティア・コミュニケーションズ[FYBR]を買収すると発表しています。M&A失敗という教訓から多角化ではなく、本業を強化する方向にかじを切ったと言えそうです。

【図表3】ベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:LSEGよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※期末は12月
【図表4】ベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]:週足チャート(移動平均線 緑色:13週、橙色:26週)
出所:マネックス証券ウェブサイト(2025年6月6日時点)

エーティー・アンド・ティー[T]、源流はグラハム・ベル

エーティー・アンド・ティー[T]の歴史は多くの部分で電話の歴史と重なり合っています。源流は、電話を発明したグラハム・ベルが1877年に立ち上げたベル・テレフォンという会社です。1885年には、長距離電話を専門的に手掛けるアメリカン・テレフォン&テレグラフが設立されており、頭文字のAT&Tが現在の社名につながっています。

今も米国を代表する通信会社で、2024年末時点の携帯電話サービス加入件数は前年比3.6%増の1億1790万件、一般家庭のブロードバンドとデジタル加入者回線(DSL)の加入件数は1.4%増の1410万件、固定電話サービスの加入件数は17.8%減の296万3000件です。

現在は通信ビジネスに集中していますが、多角化を目指した大型M&Aで深手を負った経緯があります。通信とメディアの融合を旗印に掲げた取り組みでは、2015年に実現した衛星放送大手ディレクTVの買収が代表例ですが、失敗に終わっています。

さらに2018年にはメディアとエンターテインメントの複合企業、タイム・ワーナー(後にワーナーメディアに社名を変更)を買収し、ケーブルテレビ局のHBO 、ニュースチャンネルのCNN、映画のワーナーブラザーズなどを傘下に収めます。

この買収は司法省が独占禁止法に抵触するとして提訴し、すったもんだの末に連邦裁判所が承認して成立しましたが、統合は短命に終わりました。わずか3年後の2021年にはエーティー・アンド・ティーがワーナーメディアを分離し、ディスカバリーと統合させる計画を発表しました。2022年には実現し、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー[WBD]がナスダック市場に上場しています。

【図表5】エーティー・アンド・ティー[T]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:LSEGよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※期末は12月
【図表6】エーティー・アンド・ティー[T]:週足チャート(移動平均線 緑色:13週、橙色:26週)
出所:マネックス証券ウェブサイト(2025年6月6日時点)

チャーター・コミュニケーションズ[CHTR]、インフラ投資を継続

チャーター・コミュニケーションズ[CHTR]は米国でケーブル事業を展開しています。41州に敷設した通信インフラを武器にケーブルテレビをはじめ、インターネット、動画、携帯電話、固定回線通話など多様なサービスを「スペクトラム」というブランドで提供しています。

サービスは定額課金ベースで提供します。利用者は複数のサービスを束ねた「バンドル方式」で加入することができ、単体のサービスを選択することも可能です。2024年末時点の加入件数は一般家庭が2926万世帯、中小企業が222万社に上っています。

加入件数の内訳ではインターネットが一般家庭で2803万世帯、中小企業で205万社です。テレビ・動画は一般家庭が1233万世帯、中小企業が57万社。携帯電話サービスは一般家庭が97万世帯、中小企業が32万社です。

米国ではもともと有料のケーブルテレビに加入している世帯が多く、ケーブルを通じてインターネットにアクセスするのが王道でした。ただ、ネットフリックス[NFLX]などストリーミングを通じた動画配信サービスの台頭で「コード・カッティング(コードを切る)」、つまりケーブルテレビを解約する流れが強まっており、ケーブルテレビ各社は従来型ビジネスモデルからの変化を迫られています。

チャーター・コミュニケーションズは生き残りをかけ、動画配信サービスを排除するのではなく、取り込む方向に動いています。複数のサービスを束ねた「バンドル」の中にライバルである動画配信サービスを組み込み、自社のサービスの一環として提供するのです。

動画配信サービス各社にとってもチャーター・コミュニケーションズのインフラは魅力的で、従来型のケーブルテレビを好む顧客層に訴求できる利点もあります。先にご紹介したベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]と同様の戦略を採用しています。

チャーター・コミュニケーションズは通信インフラに継続的に投資し、自社の強みを維持する方針です。2025年の設備投資予定額は120億ドルで、通信網の拡充に42億ドル、通信網の開発の推進に15億ドルを投入する計画です。

【図表7】チャーター・コミュニケーションズ[CHTR]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:LSEGよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※期末は12月
【図表8】チャーター・コミュニケーションズ[CHTR]:週足チャート(移動平均線 緑色:13週、橙色:26週)
出所:マネックス証券ウェブサイト(2025年6月6日時点)

AST・スペースモバイル[ASTS]、衛星通信サービスを計画

AST・スペースモバイル[ASTS]は、低軌道の人工衛星を使って宇宙から通信するモバイルブロードバンドネットワークの構築を進めています。世界的な大手通信会社と提携し、通信会社と契約するユーザーに衛星を利用した「スペースモバイル・サービス」を提供する予定です。モバイルの基地局がない地域や災害で通信インフラが使えなくなったケースなどに威力を発揮するとみられています。

2025年4月時点で商業サービスは始まっていませんが、事業計画では専用のモバイル端末は不要で、いつも使っている端末でサービスが利用できるようになる予定です。ユーザーは契約先の通信会社が提供する「追加プラン」に加入するかたちで利用が可能になる見通しです。

AST・スペースモバイルと提携する通信会社は、エーティー・アンド・ティー[T]とベライゾン・コミュニケーションズ[VZ]という米国勢に加え、欧州拠点のボーダフォン、日本の楽天モバイル、カナダのベル・カナダなどです。2025年1月には米連邦通信委員会(FCC)から周波数時限免許を取得したと発表しており、初の商業用衛星を低軌道で運行することが可能になっています。

最大のライバルといえばイーロン・マスク氏率いるスペースXが運営する衛星ブロードバンド「スターリンク」です。スペースXはこの事業でTモバイル[TMUS]と提携しており、米国の大手通信キャリアは両陣営に分かれています。

商用化ではスターリンク陣営が先行しており、2025年2月にTモバイルと共同でベータテストを始めました。一方、AST・スペースモバイルは大型の人工衛星を運行してコストを抑制する戦略で対抗するとみられています。

【図表9】 AST・スペースモバイル[ASTS]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:LSEGよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※期末は12月
【図表10】 AST・スペースモバイル[ASTS]:週足チャート(移動平均線 緑色:13週、橙色:26週)
出所:マネックス証券ウェブサイト(2025年6月6日時点)