米国の大統領選挙まで残すところ46日となりました。民主党の大統領候補については、バイデン氏がトランプ氏との討論会で明らかに劣勢であったことを受け、最終的に出馬を断念せざるを得なくなり、カマラ・ハリス氏が出馬となりました。また、トランプ氏が2回も暗殺未遂にあうなど、前代未聞の展開となっています。まさに選挙を取り巻く環境は波乱万丈といった状況ではあるのですが、まず、2024年の大統領選挙の焦点となっている政策からのインプリケーションについて、考えてみたいと思います。
トランプ氏・ハリス氏の政策が米国株式市場に与える影響
貿易:関税の引き上げ
次の大統領が誰になろうとも、米国の産業を守るため、関税の引き上げが起きるでしょう。特にハイテク産業においては極端なものとなる可能性があります。例えば、トランプ氏は、すべての輸入品に10%の関税を、中国からの輸入品には60%の関税を課すという自身のプランへのコミットメントを繰り返しています。関税の引き上げが、アメリカの雇用を支え、成長させるというプラスの側面があるのは間違いありません。
例として、トランプ前政権は2018年に洗濯機に関税を課したのです。この洗濯機関税により韓国の家電メーカーが関税を回避するために米国内に工場を建設することになりました。その結果、米国で2,000人以上の雇用が創出され、米国南部の2つの地域では経済成長が押し上げられたという事例があります。また、マイナスの面もあり、これらの雇用が生まれた代償として、米国の洗濯機の価格は10%も上昇したといいます。
ですから、関税の引き上げは長期的に米国内の雇用にとってプラスとなる一方で、目先の輸入製品の値段が上がることを意味しインフレ率の上昇につながります。
また、関税を課された外国の企業の売上は生産コストが上がる、または売上が減る傾向となる訳ですから、あまりにも極端な課税は、海外の輸出国の経済成長にネガティブな影響を与える可能性が高まります。
貿易戦争と為替
米国の経済を優先するための過激な関税の引き上げを行うと、今度は報復としてアメリカ製品に関税を課すという報復関税を含む「貿易戦争」の再燃が懸念されます。その結果、中国のような輸出国は通貨の価値を下げることで対応するかもしれません。ですから、貿易戦争のような状況になってくると米ドル高のシナリオが考えられます。
しかし、米国では今後はFRB(連邦準備制度理事会)による利下げが継続して行われる訳ですから、為替市場では利下げによるドル安が起きる一方、関税引き上げによるドル高と、イベント・ドリブンの展開になる可能性が高まってきます。そのような展開となると、金融政策についても米国金利への影響の予測も難しくなり、FRBにとって舵取りが困難になるということが予想されます。
また、関税の引き上げというのは、ヘッドラインリスクの高まりが考えられ、株式市場にとっては良くない展開となるかもしれません。
移民政策
アメリカ人が懸念している問題のひとつに移民問題があります。ピュー・リサーチが行った世論調査によると、41%のアメリカ人が、移民の数を減らすべきだと考え、より厳しい移民政策を支持しています。また、2024年の選挙に向けたデータでも、特に共和党支持者の間で厳格な移民政策に対する支持が高く、共和党支持者の63%が不法移民の強制送還を支持しています。
トランプ氏が移民問題に強くこだわるのにはこのような理由があります。ただ、そもそもアメリカは移民の国であり、移民はアメリカの経済成長に非常に貢献してきました。現在のアメリカの労働人口の17%は外国からの移民となっています。
コロナ後、景気が正常化する過程で、アメリカ国内の労働者による労働参加率も回復しました。その流れのなかでバイデン政権では、入国管理局が移民の入国を増やし、労働供給が増加、それがアメリカの経済成長の加速に貢献すると同時に賃金圧力上昇の低下に貢献したのです。
その結果、インフレ率の低下傾向が維持されたこともありFRBの金融緩和期待の高まりにもつながりました。もし、トランプ政権になった場合には移民政策の制限強化が起き、また入国審査が厳しくなるでしょう。
そうなると労働供給の逼迫は賃金の上昇につながり、インフレ率を再度上昇させる可能性がでてくるのです。加えて、移民の入国が減るということは、経済成長率の低下を招く可能性もあります。
規制について
トランプ氏は前政権時に、積極的に規制の緩和を行いさまざまな産業を助けました。今回もし共和党が大統領または議会のどちらかを掌握する場合、再度規制緩和が進む可能性が高まります。また、規制が少ない経済は、より高い経済潜在成長率をもたらすというプラスの側面もあります。一方、民主党は規制の強化を強める可能性があります。バイデン政権では金融規制は全般的に強化されてきました。
エネルギー政策
共和党候補者が大統領に当選した場合、脱炭素化政策の一部が撤回される可能性があります。エネルギー分野では、石油・ガス産業への規制緩和がエネルギーコストを下げ、化石燃料の消費を増加させる可能性がでてきます。
反トラスト法
業界の寡占化が進む中、反トラスト法の訴訟件数が増加しています。共和党政権下では、このスタンスが変わる可能性が考えられます。
財政政策
どちらの政党が勝利しても、財政赤字の拡大が予想されますが、その内訳は異なります。民主党の勝利では支出増加が、共和党の勝利では減税によって赤字拡大がもたらされる可能性があります。
大統領選挙後のFRBの舵取りはどうなるか
市場が注目するのは、新しい大統領の登場による様々な政策の変更が、FRBの金融政策にどのような影響があるかという点です。大統領選挙後のFRBによる舵取りについて考えてみたいと思います。もし、共和党のトランプ政権が誕生した場合、ハリス政権以上にFRBの舵取りが難しくなる可能性が高まります。急激な関税の引き上げ、移民の厳格化、財政政策の緩和が同時に行われるシナリオ下では、政策決定には不確実性が高まり、予測結果の見通しが難しくなるからです。
実際に公約された政策が行われるタイミングも重要となります。貿易や移民政策の影響は2025年に現れる可能性が高い一方、財政拡大の効果は2026年以降に大きくなると考えられます。ですから、すべてのシナリオが金融市場に同じタイミングでリスクをもたらすわけではありません。
ただ、貿易と移民政策の影響が先に現れ、財政政策と規制緩和の影響が後から来る場合でも、各政策の影響、実施方法、インフレや経済活動への影響に関しては依然として大きな不確実性が存在します。そのため、FRBがインフレ期待や経済的不確実性への影響を考慮し慎重に行動する可能性の高まりが考えられます。また、政策実施のタイミングやその影響力の大小に応じて、FRBは現在の市場予測より政策のスタンスを調整する可能性があり、その結果として金融市場のボラティリティを高める可能性がでてきます。
(続く)続編では、「米国大統領選が米国市場に与える影響【後編】~大統領・議会構成よりも大切なこと~」をお届けします。