「デリスキング」は対中政策を象徴する新たなキーワード

5月に開催されたG7広島サミットでは、中国との経済関係に関し、「デカップリング又は内向き志向」を避け、「デリスキング(de-risking)及び多様化」を目指すことが確認された。金融分野におけるリスク低減を指す言葉として用いられていたデリスキングは、今や同志国の対中政策を象徴するキーワードとなった。

デリスキングを新たな文脈で使い始めたのは欧州だ。2023年1月、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で演説し、貿易政策について述べる中で、中国について「デカップリングよりもデリスキングに焦点を当てる必要がある」と述べた。

同委員長は、3月の対中政策に関する演説でもデリスキングの重要性を強調した。その後、米国からも賛同が示され、G7広島サミットの首脳コミュニケにもデリスキングという表現が盛り込まれた(図表1)。

【図表1】デリスキングに関する各国の立場
出所:各国資料を基に丸紅経済研究所作成

デカップリングは否定されたのか

米中対立の激化に伴い、デカップリングは中国との経済的分離を意味する概念として用いられるようになったが、デカップリングとデリスキングはどのような関係にあるのか。デカップリングに対する懸念は後退したのだろうか。

そもそも、各国がデカップリングの追求を対中政策として公言していたわけではない。対中強硬策が目立つ米国ですら、中国とのデカップリングはあり得ないとの立場を繰り返し述べている。

一方、既に米中間では、貿易摩擦や先端技術の輸出規制などにより、一部の品目で貿易の停滞・減少が見られる。また、投資やデータ流通などに関する規制の強化は、モノのみならず、資本、人、情報の流通にも大きな影響を及ぼしつつある。

選択的デカップリングや部分的デカップリングという表現が用いられるように、デカップリングがイチかゼロかではない、幅のある概念だとすれば、デリスキングに向けた措置がデカップリングの加速を招く可能性はある。

すなわち、デカップリングはデリスキングの結果として生じる現象ということになる。その意味で、同志国の対中政策がデカップリングからデリスキングに転換したという評価はミスリーディングだろう。

デリスキングに伴うトレードオフ

デリスキングの焦点は、まさにリスクの捉え方にある。リスクテイクが経済活動の本質であると考えれば、リスクをどこまで低減すべきかについては、リターンとのトレードオフを踏まえて判断されるべきということになる。

6月に欧州委員会が発表した「欧州経済安全保障戦略」は、経済安全保障に関する4分野のリスクに対し、「振興(promoting)」、「保護(protecting)」、「連携(partnering)」という3つの優先課題を特定した上で、根本原則として「比例性(proportionality)」と「精密性(precision)」に言及している(図表2)。

同戦略には、経済安全保障の強化と開放的な経済から得られる利益との間に存在する「本来的な緊張関係」を踏まえ、講じられる措置はリスクに見合った限定的なものとすべきというメッセージが色濃く表れている。中国の名指しが避けられているのも示唆的だ。

対中政策を巡り、域内で、また他の同志国との間で温度差が指摘されるEUにとって、デリスキングはリスクと経済的機会のバランスを志向する自らの立場を体現するものと言えよう。

【図表2】欧州経済安全保障戦略の概要
出所:欧州委員会資料を基に丸紅経済研究所作成

デリスキングは「ミッション・クリープ」に陥るか?

しかし、デリスキングの対象が安全保障上のリスクだとすれば、適切なリスクテイクによる利益の享受という考え方は受け入れられにくい。むしろ、特定されたリスクを最小化すべく、徹底した対策が求められるようになるかもしれない。

世界第2位の経済大国である中国との経済関係において、リスクへの対処が中心的な課題として認識されるに至った事実は重い。かつての「政経分離」と比べれば隔世の感がある。

デリスキングの名の下に中国を巡る様々な課題が安全保障上のリスクとみなされるようになれば、デリスキングは当初の想定を越えて対象が際限なく拡大する「ミッション・クリープ(mission creep)」と呼ばれる状態に陥り得る。

中国の振る舞いに起因するリスクを客観的に把握することは難しい。過度な対中依存を避けるべきという点では一致しても、どの程度依存度を下げるべきか、中国の対外投資や技術開発をどのように捉えるべきかなどについて、各国の立場や具体策の調整は容易でない。

リスクの低減は誰にとっても望ましい。しかし、何がリスクで、その低減がどのようなトレードオフを伴うのか、共通理解が醸成されているとは限らない。デリスキングが同床異夢の実態を覆い隠すバズワードとなり得る点には留意すべきだろう。

 

コラム執筆:玉置 浩平/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 シニア・アナリスト