「女性取締役」議論盛り上がりの背景にある「女性版骨太の方針2023」

2023年3月期の株主総会シーズンでは、「女性取締役」がキーワードの1つとなった。日本企業や投資家のあいだで議論が盛り上がった背景には、6月13日に政府が発表した「女性版骨太の方針2023」の重要事項の第1に、

プライム市場上場企業が2030年までに女性役員比率を30パーセント以上とすることを目指し、2025年を目途に女性役員を1名以上選任するよう努めるとする数値目標の設定や、各企業による行動計画の策定を促進します。

と記されたことが大きい。

これまで先進国各国と比べて遅れが指摘されてきた女性取締役の登用に関して、政府が具体的な数値を掲げたことは意義深い。ISSガバナンス・ソリューションズによると、2022年末時点で日本企業の取締役会に占める女性取締役の平均は15%未満にとどまる。一方、オーストラリア、ニュージーランドや英国、米国(S&P500企業は)はすでに「女性取締役30%」を達成しているという。

日本企業は2023年の株主総会シーズンで、三菱電機(6503)のように女性取締役を1人から3人に増やした事例も出た。ただ、信越化学工業 (4063)や東レ(3402)のように時価総額が1桁兆円以上の企業でも、ようやく初の女性取締役の選任となるケースもあり、各社の現在地は様々だ。

近年、取締役会の多様性や女性取締役の登用を進めるうえで大きく期待されてきたのは、機関投資家による働きかけや企業との対話だ。企業の取締役会などの女性割合の向上に取り組む英国30% Clubが、2023年3月に公表した報告書などから、投資家グループと上場企業による対話の事例を実例ベースで確認することができる。

投資家の議決権行使ポリシーの改訂を機に緊張感

しかし、企業の現状と機関投資家の期待のギャップを埋めるためのプロセスは、穏やかな事例ばかりではない。機関投資家や年金基金が続々と女性不在企業(とくにプライム企業)の経営トップ等の選任に反対票を投じるよう、議決権行使ポリシーを変更しているからだ(図表参照)。

【図表】
出所:各社の議決権行使方針をもとに筆者作成

その影響が如実に出たのが2023年3月に行われたキヤノン(7751)の株主総会だ。27年以上経営トップをひた走ってきた御手洗冨士夫会長兼社長CEO(87歳)の再任に賛成した株主の割合が、50.59%にとどまったのだ。数多くの投資家が反対票を投じた理由は「取締役会の多様性不足」や「女性取締役の不在」だった。

約半数の機関投資家が経団連の会長を務めた著名な経営者の再任に反対票を投じたこの出来事は、市場関係者に「キヤノン・ショック」として記憶されることになった。機関投資家が企業のトップに対して前例のない緊迫感で変化を求めていることは、キヤノンに限らず日本企業の多くの経営トップが知るところとなった。


 企業が追求すべきは「認知」の多様性

一方、一部の専門家からは「適任ではない女性が社外取締役として登用されることは憂慮すべき」と後ろ向きの声も出ている。そこで、企業価値向上の観点から、企業が女性取締役を増やすことの本質的な意義は何かを改めて考えたい。

トレイシー・ゴパル氏 JBDN創設者

コーポレート・ガバナンスの専門家で、女性取締役や将来の女性取締役の支援を行うジャパン・ボード・ダイバーシティ・ネットワーク(JBDN)創設者のトレイシー・ゴパル氏によると、企業が女性取締役を増やすのは、社会正義のためではなく、取締役会における「認知」の多様性を担保することにあるという。

つまり「同じ時期に大学を卒業し、同じ会社で仕事の進め方を学んだ男性のみで構成される取締役会と、様々な経験を積んだ女性も在籍する取締役会、という2パターンの取締役会を想定しましょう。すると、社内で何か問題が起きた際、様々なものの見方ができる後者の方が多様な手法や視点で問題解決することができるのです」(ゴパル氏) というわけだ。

実際、投資先企業の女性のプレゼンス向上を目指す米国のアルジュナ・キャピタルが、2022年にGoogle親会社のアルファベット[GOOGL]に対して「取締役会の役員の人種や性別が、顧客または事業を展開する地域の人口統計と合致するよう毎年報告すること」を求める株主提案を提出した際に、同様の議論が展開された。

アルジュナはアルファベットへの要求内容をサポートするために「取締役会に多様性があるほど、会計ミス、ビジネスにおける物議を醸す事案の発生、投資判断の誤りが起きる可能性が低くなる」(トロント大学の研究)等の統計データを引用し、多様な認知を持つ取締役会が企業のリスク管理に役立つことを提案文に明記した。投資家は女性取締役の増加を単なる「多様性の推進」と捉えるのではなく、リスク管理のための重要施策の1つと捉えている場合が多いと聞く。

米国では多様性に逆風、日本は「独自の文脈」で重要性の再認識を

現在、米国社会では「多様性の推進」についても疑問視する動きも目立つ。米国の連邦最高裁が2023年6月、大学の入学選考で採用された特定の人種を優遇する措置(アファーマティブ・アクション)について、合衆国憲法に反するとの判断を示したことは日本でも幅広く報道されたところだ。

この出来事の1ヶ月前の5月、連邦裁判所は企業が民族や出身地においてマイノリティ属性を持つ取締役を一定数設けるか罰金を払うことを義務付けるカリフォルニア州の州法を「違憲」であると判決を下した。これにより、米国企業にも多様性への疑問符が本格的に伝播することを恐れる識者も多いという。

しかし、米証券取引所ナスダックが2021年から米国の上場企業に対し、黒人など人種・性的マイノリティ、女性の取締役登用を義務づけるなど多様性を根強い社会的要請と捉える向きもあり、「反ESG」のように大きなトレンドにはならないのではないかとの見方が根強い。

しかし、女性取締役を増やす企業がその目的を単なる「多様性の推進」にすることに脆さが残る可能性は高い。そこで、人口減少社会に直面する日本では「企業は女性を昇格させることを示さなければ魅力的な人材を自社に惹きつけることはおろか、定着させることも難しくなる」(ゴパル氏)という日本独特の文脈を再認識することが重要になる。

ある日本企業の米国部門で女性がCEO職に就任した翌日に、その女性CEOのもとには「ようやく自分が会社の一員になれた気がします」といった内容のEメールが多く届いたというエピソードがある。ファイナンスやコーポレート・ガバナンスといった基礎知識を有することは前提としつつも、「従業員が男女を問わずリーダーシップ職に就けるという展望を持てることが企業の文化を大きく変える。女性取締役が1人、という状態の企業は30%を目指すスタート地点に立っているのです」(ゴパル氏)という。

日本企業に女性取締役の積極的な登用を求める声は今後も強まるだろう。アジア・コーポレートガバナンス協会が2022年10月に発表した公開書簡では、2024年6月に予定されている日本版コーポレート・ガバナンス(CG)コードの改訂にあたり、「すべての東証プライム市場上場企業に対し、可能な限り早期に女性取締役比率 30%の達成を義務付け、その他の上場企業に対しても2名以上の女性取締役の任命を促す」とすることを野心的な目標として提言している。

しかし、経済産業省が2023年6月末に発表した報告書「コーポレート・ガバナンスに関する委託調査について」によると、社外取締役の市場が急拡大したことで、女性の社外取締役候補者の不足が深刻化し、グローバル経営経験を持つ候補に至っては1年半~2年程度前には依頼しなければ招聘が困難な状況だという。従来のように企業による自主的な取り組みや投資家による企業への働きかけの強化だけでなく、効力を持ったクオータ制の導入や研修制度の充実など、官民を挙げた女性取締役候補増加のための施策が求められている。