植田和男氏が新しい日銀総裁に就任しました。今回は、日銀出身者からの総裁就任が予想されましたが、総裁候補とされた雨宮氏も中曽氏も就任しませんでした。最終的に元東京大学教授で日銀審議委員を務めた経験もある植田氏の登板となりました。

現状維持を続けざるを得ない植田日銀新総裁

黒田前日銀総裁の退任をきっかけに、これまで進めた異次元金融緩和の修正が行われるのではないかとの市場予測がありました。

しかし植田日銀新総裁は就任後の記者会見で、現在のイールドカーブ・コントロール(YCC)を「継続するのが適当」と述べ、金融政策の変更に当面は消極的な考えを示しました。

これは、急速な金融政策の変更の思惑が広がり、マーケットが混乱するのを防止するのが目的と思われます。

3月のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻やクレディ・スイスの合併といった金融界の混乱が日本にも波及することを恐れているようにも見えます。

債券市場から日銀が受けるプレッシャー

しかし、YCCを継続し、現状の10年国債の上限金利を指値オペによって0.5%までに抑える対応は、再び市場から国債の売り圧力を受けるリスクがあります。

国債が売られて金利が上昇し、上限の0.5%に近づけば、日銀は再び国債を購入せざるをえません。そうなれば国債の保有残高がさらに高まることになります。

日銀の国債発行残高に占める保有比率は、2023年3月末時点で既に54%に達し、流動性の枯渇という問題が指摘されています。

また、将来YCCの撤廃によって金利が上昇する事態になれば、現状の金利水準で購入した国債は追加の含み損になってしまいます。

安易に国債を追加購入することは難しくなってきていると思います。

国内インフレの加速がリスク要因

今回、植田日銀新総裁は「物価安定の達成の総仕上げに尽力したい」と強調した上で、引き続き2%の物価目標の達成に注力する考えを示しました。

しかし、実際の物価上昇が想定を超える事態になれば、当初の政策目標が達成されたことになり、金融政策の見直しが行われることになります。

YCCの見直しだけではなく、マイナス金利の修正までが視野に入れば、日本の金利全体が上昇傾向に動き始めることを意味します。

これは、債券価格の下落に繋がり、日本の金融機関のバランスシートに大きな影響与えます。

金利上昇による金融機関への悪影響

金利上昇を容認せざるを得なくなれば、まず日銀が保有する500兆円を超える国債の評価損が発生します。

日銀の内田真一副総裁は衆院財務金融委員会において、もし長期金利が2%に上昇した場合、日銀の国債の評価損は50兆円になると指摘しました。

さらに、日銀だけでは無く、国内の金融機関の保有する債券も金利上昇による評価損が生まれます。

すでに、海外の金利上昇と円高によって外債の評価損を抱える金融機関も存在します。

国内の金利上昇によってバランスシートの劣化から、日本の金融機関の健全性に市場の不安が広がるリスクが出てきます。

シリコンバレー銀行のような中小金融機関の経営悪化による預金の引き出しといった事態が日本でも発生するリスクを当局は警戒しているはずです。

金融緩和政策の修正、そのタイミングが問題

マーケットへのインパクトを恐れ、金融政策の現状維持を続ければ、金利上昇圧力によって日銀のバランスシートがさらに膨らみリスク拡大を招きます。

逆に、金利上昇を容認すれば、債券価格の下落が日銀だけではなく、金融機関にマイナスの影響与えます。

どちらにしてもマイナスの影響が出てくることになります。

市場とのコミュニケーションを重視するとされる植田日銀新総裁ですが、現状の金融緩和政策を修正するタイミングをどのように打ち出すのか。

金融市場の混乱を招かないようにしながら、金融緩和の正常化に向けての対策を実行していく。その出口は徐々に狭まっているように思います。