世界中で深刻化する食料危機
インフレ率が高止まりする中、世界の主要中央銀行は価格上昇を抑えるために利上げを断行しているが、その引き締めが、経済基盤の脆弱な新興国やアフリカにダメージを及ぼしつつある。
アフリカではかつて経験したことのないほど深刻な食料危機に瀕している。FAO(国際連合食糧農業機関)のデータは、アフリカ人の5人に1人、過去最高の2億7800万人が、2021年にすでに飢餓に直面しており、その状況が悪化していることを示している。
1月2日付のニューヨークタイムズの記事「How Russia’s War on Ukraine Is Worsening Global Starvation(ロシアによるウクライナ侵攻はどのように世界の飢餓を悪化させているのか)」では、食料不足がアフリカ、アジア、アメリカ大陸に激しい痛みをもたらしていると報じている。なかでも戦争によって壊滅的な被害を受けたアフガニスタンとイエメンは特に深刻だ。また、エジプト、レバノンなど食料輸入大国では、コストの急騰に伴い、借金などの支払いが困難になっているという。さらに、米国や英国のような裕福とされる国においても、貧しい人々は十分な食事をとることができなくなっていると報じている。
パキスタンでは深刻な小麦不足のため、多くの人々が一袋の小麦を受け取るために何時間も行列に並ぶことを余儀なくされているそうだ。南米ペルーでは、終わりの見えない内乱により、非常に深刻な物資不足が発生している。ペルーでは反政府デモが収束する気配がなく、現在、食料品や燃料などの基本的な商品が不足している。
アフリカや途上国だけではない。オーストラリアではジャガイモ不足という事態にオーストラリア人の不満が高まっているという。ポテトはオーストラリアで人気のある食品の1つだ。しかし、ポテトの加工品、特に冷凍ポテトチップスの不足に直面しており、冷凍ポテト製品を求める買い物客に制限を導入したそうだ。
これまでにも世界の各地において局地的な飢饉が発生したことがあったが、現在直面しているのはグローバルな現象だ。2022年にはインフレ圧力はいくらか収まり、2023年に、価格高騰の要因のいくつかは後退し、価格は安定し始めると思われる。しかし、状況は依然として不透明だ。肥料の供給は依然として逼迫しており、ロシアによるウクライナ侵攻は穀物市場を混乱させ続けている。
米ドル高に伴う通貨安によって食料インフレは加速
世界銀行は2022年10月に公表した最新の報告書「Commodity Markets Outlook(コモディティマーケットの見通し)」の中で、途上国の大半において、通貨安が引き金となり、食料や燃料価格を押し上げていると指摘。その結果、多くの国で以前から直面していた食料とエネルギー危機が悪化しかねないと警鐘を鳴らしている。
ウクライナまたはロシアからの輸出が途絶えれば、世界の食料供給がまたしても混乱しかねない。また、エネルギー価格が一段と上昇すれば、穀物や食用油の価格に上昇圧力がかかる可能性がある。さらに、悪天候により農業生産高が落ち込むことも考えられる。2023年は連続して3年目となるラニーニャ現象発生の可能性が高く、南米や南アフリカの主要作物の収穫量が減少しかねない。
そこに追い討ちをかけているのが米ドル高に伴う各国の通貨安だ。新興国・途上国の60%近くで、現地通貨建てでの石油価格と小麦価格が上昇した。世界的に食料価格がさらに上昇すれば、途上国全体で食料不安の問題が長期化しかねない。
一般の人々の暮らしに直結する燃料や食料の価格の高騰は、しばしば大規模な抗議行動、政治的暴力、暴動につながる。2010年から2012年にかけてアラブ諸国を中心に起きた大規模な反政府デモ「アラブの春」のきっかけも食料価格の急騰であった。
既に、経済的な基盤の弱い一部のアジアや中東、中南米地域においても生活費の高騰と食料不安の悪化により暴動が起きている地域もある。食料価格の高騰は、今後社会不安が高まるリスクがありそうだ。
収益性が改善している米穀物メジャーADM
世界的な金融引き締め局面にあるため、市場全体の先行きは不透明だ。そうした中、投資家による食品株への投資意欲は高まっている。インフレが高止まりする中、食品メーカーは量を減らしつつ、価格を上げることに成功している。
食料危機の足音が迫るなか、株式投資を考える上で、食料や肥料、また農薬等を含め、農業資材に関連したビジネスは機会となる。アグリテックと呼ばれる農業技術への投資を通じて、短期・中長期それぞれのトレンドによって生じる食料需給へのプレッシャーを軽減できる可能性もあり、投資家が考慮すべき重要な投資テーマの1つと言えるだろう。
今回は上流の穀物メジャーについて触れておきたい。世界の穀物市場に絶大な影響力を有する穀物メジャーはアーチャーダニエルズ・ミッドランド(ADM)、ブンゲ(BG)、カーギル(非上場)、ルイ・ドレフュス(非上場)の4社で、それぞれの頭文字をとって「ABCD」と呼ばれている。この4社は大豆、小麦、トウモロコシなど主要穀物の世界流通の約7割を握っていると言われている。
穀物メジャーは原材料となる農作物を農家から買い付け、貯蔵、輸送、加工を行い、販売するのが役割だ。さらに、農作物をそのまま食料として流通させるだけではなく、原料からたんぱく質、油脂、甘味、エネルギー、香り、色素、繊維などを分離・加工し、食料品や家畜などの飼料として提供する事業も行なっている。
食品・飲料原料の加工で世界最大手のADMは、農産物や原料を世界中で製造販売している米国の穀物メジャーで1902年に設立された。本社はイリノイ州シカゴにある。
ADMが1月26日に発表した2022年第4四半期(10-12月期)の決算で売上高は前年同期比13%増の262億3100万ドル、純利益は30%増の10億1900万ドルと2桁の増収増益となった。
ROE(自己資本利益率)は改善傾向が続いており、直近では18%近くまで高まってきた。収益性が向上していることが背景にある。食の安全、持続可能性などのトレンドは業界に構造的な変化をもたらすと考えられる。より強い収益基盤を支えるための改革も期待できるであろう。