昨年の流行語大賞にノミネートされた「ノンファンジブルトークン(以下、NFT)」という言葉も、日本のメディアでは目にすることが少なくなった。ビットコインの価格が大きく下落するなか、NFTの価格も軒並み下落し、取引高はピーク時から9割近く落ち込んでいる。

「なんだ。NFTも投機対象でしかなかったのか。」

そんな悲観的な声が聞こえるのは仕方がない。なぜならNFTは値上がりするもの、高値で取引されるものとして注目を集めたからだ。昨年には”たった1枚”のNFTデジタルアートが数十億円で取引され、なんてことのないプロフィール画像も数千万円単位で売買された。NFTは儲かる。そんな迷信が広がった。

NFTとはデータを固有のものとして扱える技術であり、それ自体が価値をもつものではない。それゆえ固有に扱うべきデータとは何であるかを考えなければ、そもそもNFTの価値を測ることはできない。観賞用のデジタルアートも、SNS用のプロフィール画像も多くの人にとってはコピーしたもので十分である。

最近では海外を中心に然るべきデータをNFT化しようとする動きが広がっている。一つはデジタル権利証としてのNFTだ。たとえば、NFT保有者だけが購入できる商品を作ったり、その人らだけが体験できるサービスを作ったり、NFTに何か実生活でも使える権利を付与することによって複製データでは得られない固有の価値を提供することができる。

もう一つはデジタルIDとしてのNFTである。特定のNFTコレクションを所有しているだけでも、そのコミュニティの一員であることを表現することはできる。しかし、それだけではなく、学歴や職歴、資格、ワクチン接種歴など個人に紐づくあらゆるデータをNFTとして管理しようとする取り組みが増えている。

画像データを単にNFT化し、それに値段がつくような時期は終わった。これからはNFT所有者同士のコミュニティ性に加えて、NFTが備える様々なユーティリティが市場価格としても評価されるだろう。また、NFTの集積によって個人のアイデンティティがOpen&Trustedに補完される面もあるだろう。