世界経済の先行きや日本経済の見通しがはっきりしない状態が続くなか、投資のチャンスはどこにあるのか。マネックス証券チーフ・ストラテジストの広木 隆が、智剣・Oskarグループの主席ストラテジストである大川 智宏 氏と徹底対談。これから2023年にかけての世界経済やマーケット展望、金融政策について、2人の論客が激論を交わしました。

大川 智宏 氏 (智剣・OskarグループCEO兼主席ストラテジスト)

 

2005年野村総合研究所へ新卒入社。JPモルガン・アセットマネジメント(トレーダー)、クレディ・スイス証券(クオンツ・アナリスト)、UBS証券(日本株ストラテジスト)を経て2016年に智剣・Oskarグループ設立。現在、CEO兼主席ストラテジスト。専門は計量分析に基づいた株式市場の予測、投資戦略の立案、ファンドの設計など。

広木 隆 (マネックス証券 チーフ・ストラテジスト)

 

上智大学外国語学部卒。神戸大学大学院・経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。マーケットに携わって30年超、うちバイサイドの経験が20年。国内銀行系投資顧問、外資系運用会社、ヘッジファンドなど様々な運用機関でファンドマネージャー等を歴任。
2010年より現職。青山学院大学大学院・国際マネジメント研究科(MBA)非常勤講師。

2023年にかけての相場見通し

2023年年初~年半ばにかけて株価の下落局面も

広木:大川さんは、これから2023年にかけてのマーケットをどのように見ていますか?

智剣・OskarグループCEO兼主席ストラテジスト  大川 智宏 氏

大川氏:今後の相場を語るうえで米国の景気動向ははずせません。その米国の景気は後退すると考えています。雇用統計を見ると、多少失業率が上がっているものの、まだ悪化しているとはいえない状態です。しかし、住宅需要は低下し、小売りの伸びも鈍化するなど内需が弱くなっています。センチメントも強くない。なかでも注視しているのがISM製造業景況感指数です。顧客在庫が増え、価格が下がっています。

広木:確かに、そうですね。

大川氏:恐らくですが、インフレは収まると考えています。原油価格は落ち着いているし、原材料の仕入れ価格も下がっている。そのベースには需要後退があると見ています。ですが、それが株価の下落につながるかといえば、ここは意見の分かれるところでしょう。景気が後退するなら、金融引き締めの手綱を緩めればいいわけです。それは、相場の下支え要因になるでしょう。ただし、そのタイミングの見極めが重要です。

広木:株価についてはどう見ていますか?

大川氏:2022年10、11月頃までは、大きく下がることはないと見ています。でも、その後は、世界景気が後退に向かうことが意識されて下落に向かう。日経平均株価は、年末に向けて2万5000円~2万6000円をつけると考えています。

ただそのころには、米国の金融政策を緩和的に動かそうという気運が高まるか、もしくは引き締めをやめようという方向に変わるでしょう。株価の下落もいったんは止まるか、場合によっては戻るかもしれません。とはいえ、その後の構造的な景気後退は、かなり厳しいとみています。

広木:なるほど。

大川氏:2023年の年初~年半ばにかけて、瞬間的にパニック状態になり、株価がズトンと下落する可能性もあります。その時には、日経平均は一時的に2万3000円をつける可能性があると考えています。

しかし、日本と米国については、景気対策や金融政策、その他の政策によって、2023年半ば以降、株価が底を打つだろうと考えています。

欧州経済は「かなりヤバイ」状況にある

広木:欧州の経済やマーケットの見通しはどう考えますか?

大川氏:私は、欧州経済は「かなりヤバイ」と考えています。欧州では、インフレが制御不能になり、そう簡単には収まらないかもしれません。なお、ここでいう欧州は、トルコなどの新興国は除いています。

何が「ヤバイ」かというと、例えば、ユーロ圏の電力先物価格は、コロナ以前の2010年~2020年の平均価格の17倍に膨れ上がっています。それでも、まだ止まらない。
天然ガスの価格も高騰しています。ロシアによるウクライナ侵攻の先行きが見通せないうえ、冬に向けてエネルギーの需給ひっ迫が見込まれます。

エネルギー価格ひとつを取っても、短期的にはインフレが止まる要因がない。欧州は景気後退がきつくなりそうですし、かつ、世界景気を壊すテールリスクとして考えるべきだと考えています。

広木:今回、大川さんと対談したいと思ったのは、論調が僕と真逆だからです。ところが、いまのお話をうかがう限りでは、僕とまったく同じ考えです。

大川氏:そうでしたか。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆

広木:ただ、株価の見方は少し違います。僕は、米国の景気が減速してインフレも弱まるから、FRBは金融引き締めの手綱を緩めてくるだろうと考えています。9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)は0.75%利上げしましたが、早ければ11月、12月のFOMCから利上げ幅を縮小すると見ている。それだけでも株式市場は万々歳でしょう。

大川氏:そうかもしれません。

広木:そして、2023年のどこかで、米国では利上げを停止すると見ています。それによって長期金利がどう反応するかにもよりますが、株価は上がると思います。なぜかといえば、インフレの要因の大部分は、新型コロナ感染症拡大による供給制約やゆがみだと思うからです。コロナが普通の疾病に格下げされれば、インフレの解消につながる。行動制限が解除されれば、人々の気持ちも明るくなって、個人消費も改善するでしょう。そうなれば、景気は弱くなっても深刻な景気後退にまでは陥らないだろうというのが僕の見方です。

そもそも、過去の景気後退には、バブルが起こり、それが弾けて景気後退に陥るというパターンがあります。そうではなく、FRBの金融引き締め政策によって景気が弱くなるだけならば、引き締めが終わったら深刻な景気後退にまでは陥らないでしょう。株価の下押しはなく、むしろFRBの金融緩和を好感して上がっていくだろうというのが2023年の見通しです。

大川氏:そこは、私とは見方が異なりますね。

広木:ただ、欧州経済が「ヤバイ」のは、その通りだと思います。まず、ロシアからの天然ガス供給がストップしていることは、極めて大きな問題です。他の電力源はどうかというと、500年に一度の大干ばつで河川が干上がり、水位が下がって河川で石炭を運べないから、火力発電所を動かせない。水がないから原子力発電所でも冷却ができない。この状態で冬を迎えたら、計画停電せざるを得ません。工場は生産ができず、各家庭では暖房ができない。悲惨な状態になってしまうでしょう。

大川氏:欧州は、金融政策も八方塞がり感がありますね。欧州の現状は、典型的なスタグフレーションの状態です。欧州の景況感を知るうえで最も注目度の高い指標であるドイツのZEW景況感指数を見ても、リーマンショックや欧州債務危機のときと同等の水準まで悪化している。センチメントは金融危機なみに悪いにも関わらず、利上げせざるを得ないという、とんでもない状態です。

景気悪化、利上げ、物価高という、教科書のスタグフレーションの説明のような状態で、手のうちようがない。とりあえず、物価だけ抑えれば、数字上は何かしらの功績が残せるというくらいじゃないでしょうか。

広木:欧州経済の非常に厳しい状況は、米国の経済や金融にも影響していますね。ユーロは、1ユーロが1ドルを割り込む「パリティ割れ」を起こしました。ドル円も24年ぶりの円安水準で、ドルの独歩高です。

ドル高によって、ジョンソン・エンド・ジョンソンやマイクロソフト、IBMなどの米国のグローバル企業は、収益が伸びていません。しかも、足元では金利も上がっている。ユーロ発の苦境が、米国企業の重石となって、米国株はしばらく厳しい状態が続くでしょう。

日経平均株価は3万5000円もありうる?

大川氏:話を相場観に戻しますが、私の見方は、構造的な景気後退によって、株価が下押しするというものです。一方、広木さんは、そこまで下押しせず、緩和的なスタンスによってリスクオンの状態になり、株価が上向くと見ているわけですね。

広木:そうです。そこが違いますね。

大川氏:ただ、私も株式相場でクラッシュは起きないと思います。繰り返しになりますが、日経平均株価は、2023年の年初から半ばにかけて、一瞬ストンと落ちて2万2000円~2万3000円をつけるかもしれませんが、底は打つ。コロナショックのときのように無制限に下がることはないと考えています。

そもそも、恐慌やリーマンショックのようなことが起きるとは思っていませんし、その火種もまだ見えていません。もしかすると、欧州が火種になりうる可能性はありますが、少なくとも、まだ顕在化はしていない。

広木:僕は、2023年についていえば、日経平均株価は3万5000円くらいまで上がると見ています。NYダウは最高値まで戻すかもしれません。でも、日本株は、バブル期の最高値までまだ遠いですね…。

日銀の金融政策はどうなる?

日銀の金融緩和姿勢は変わらない?

大川氏:日本株は、正直なところ、岸田首相の政策次第というところがありますね。あとは日銀の政策ですね。金融政策もそうですが、誰が次の日銀の総裁になるか。さすがに、反リフレ的な人にはならないと思いますが…。(日本銀行の黒田総裁の任期は2023年4月8日まで)

広木:日銀の金融政策については、どう考えていますか?

大川氏:ここは意見が分かれるところですね。個人的には、このままで大丈夫なのだろうかと心配しています。いまや先進国のなかで、これ以上、金融緩和できないのは日本だけですよね。しかも、欧米は景気後退の瀬戸際にいるわけです。

他の先進国が、緩和的なスタンスになったとき、日本は内需回復の局面を迎えないまま、世界的な景気後退に巻き込まれることになってしまう。日本は、利上げから利下げに転じるほどのインパクトのある緩和策を採ることができないわけです。そうなった場合、日本はどうなってしまうのか…。

岸田総理や日銀がいうように、日本がリ・オープン(経済再開)の途上にあるなら、いまのうちに何らかのバッファーというか、オプションを持っておくべきだと思います。

広木:これも意見が異なりましたね。僕は、日銀の金融政策は、このままでよいのではないかと考えています。もしも、本当に景気が厳しい局面がきて景気対策を打たなければならない状況になったとします。その典型的な策は金融緩和や財政出動ですから、それを淡々と行えばいいと思います。

大川氏:それはそうですが…。

広木:これまでの金融政策の発想は、将来の危機に備えて、平常時は利上げをして、金融を正常化させましょうというものでした。だから、リーマンショック時の危機から脱したなら、なるべく早い段階で政策金利をノーマルな水準まで引き上げ、将来のバッファーを持つ「金融政策の正常化」が行われてきました。でも、果たして、今後もその必要があるのかどうか…。

大川氏:と、いいますと?

広木:従来は、金利の下限は0(ゼロ)で、それ以上には下げられないから、平時は金利を上げておきましょうと考えられていた。ところが、(これまで幾度かあった危機を通じて)我々は、マイナス金利があることを学んだ。マイナスの金利があるなら、本当にいざとなったら、非常時の手段としてマイナスで金利を深掘りすればいいわけです。だから、今のままでもたいした問題ではないというのが僕の意見です。

あとは、財政をどんどん出動すればいい。岸田政権は、金融政策に頼る政権ではないようなので、あまり金融に頼らず財政で何とかしていけばいいのではないでしょうか。

大川氏:金利については、広木さんがおっしゃるような面もあるのかもしれませんが、量的緩和をどうするのかという問題は残ります。

広木:そうですね。

大川氏:個人的には、量的緩和策は、これ以上拡大しても、母数が母数なので、インパクトがないと思っています。そう考えると、テーパリングのほうは、さすがにやったほうがいいのではないかと。ただ、買い入れたETFは放置されるでしょう。手をつけられないでしょうから…。

広木:日銀の金融政策で注視すべきことは、量的緩和策というわけですね。

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※本記事は2022年9月6日に対談を実施し、後日編集記事化しました。

写真:竹井 俊晴