著名投資家のビル・アックマン氏が率いるSPAC(特別買収目的会社)が調達資金を投資家に返還することが報じられました。今回はその背景とSPACの動向を取り上げたいと思います。

ビル・アックマン率いるSPAC、調達資金を返還

7月13日付の日本経済新聞の記事によると「米国の物言う投資家(アクティビスト)として著名なビル・アックマン氏が率いる特別買収目的会社(SPAC)はこのほど、調達資金40億ドル(約5400億円)を投資家に返還すると発表した。(中略)アックマン氏が運用するSPAC「パーシング・スクエア・トンティーン・ホールディングス」は2020年7月に上場した。40億ドルを集めたSPACは過去最大で、市場では大型合併が実現するかどうかに関心が集まっていた。(中略)アックマン氏は投資家向けの書簡で、すでに合併したほかのSPACの株価低迷や解約増など市場環境の悪化に触れ、合併相手が見つからなかったと説明した」とのことです。

SPACは2021年まで新規株式公開(IPO)市場の中心でした。ブルームバーグの集計データによると、2020年にSPACが米国の取引所で調達した総額は830億ドルに達し、新規株式公開(IPO)の約46%を占めていました。

SPAC(特別買収目的会社)とは

SPACとはSpecial Purpose Acquisition Companyの略称で、未上場企業の買収を目的として設立された法人を指します。上場時、SPACは自ら事業を行わないペーパーカンパニーです。上場後、SPACは株式市場から調達した資金で未公開企業を買収します。SPAC上場後に買収された未公開企業は従来の上場手続きを経ずに上場できます。投資家にとってのメリットは、優良企業の買収をスムーズに行うなど、上場までのスピードが速いことです。

SPACは通常、上場から2年以内に合併先を見つけられなければ、投資家に資金を返還することが義務づけられています。

アックマン氏率いるSPAC「パーシング・スクエア・トンティーン・ホールディングス(PSTH)」は2021年7月、米音楽大手ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)の株式10%を取得する計画と撤回しました。2021年7月19日付のロイターの記事によると、「PSTHは今回の株式取得がニューヨーク証券取引所のルールを満たしているか、米証券取引委員会(SEC)から問い合わせがあったため、撤回を決めた」とのことです。

2022年、SPACが失速

2022年に入ってから、2021年まで米国の新規株式公開市場を席巻していたSPACの勢いが陰りを見せています。株式市場の急落で、企業の上場機運が冷え込んだからです。

6月3日付の日本経済新聞の記事によると、「合併候補先の成長期待もはげ落ち、約600社のSPACが総額1600億ドル(約20.5兆円)の資金を集めながら「塩漬け」状態になっている。当局の規制強化もあり、投資銀行は関連業務から距離を置き始めた。米国では金融引き締めが加速しており、投資家は SPACなどのリスク資産投資に慎重姿勢を強めている」とのことです。

さらに同記事では、「米証券取引委員会(SEC)は、過熱気味だったSPACへの規制強化に乗り出した。SPACが合併した企業の業績見通しへの開示は従来、証券民事訴訟改革法(PSLRA)のセーフハーバー・ルール(安全港の規定)によって守られていた。開示内容が「故意の嘘」ではない限り、計画未達でも投資家に対する責任は免除されるというものだ。「無謀な計画だった」「過失だった」と立証できれば、民事賠償は回避できると解釈された。警戒を強めたSECは今年3月に新ルール案を公表。SPACの提示した業績見通しをセーフハーバー・ルールの対象外にすることが盛り込まれた。5月末に意見の募集を締め切り、規制を導入する。エリザベス・ウォーレン上院議員も5月末にSPACの法的責任を明確にする法律を提案すると発表した。昨年までのブームの一因だったSPACの「使い勝手」は悪化することになる。投資銀行は新ルール案を受けて現状のままでは訴訟が増えると警戒し、SPACビジネスから距離を置き始めた」と書かれています。

SPACの値動きを示す「IPOX・SPAC」は、2021年に900ポイントを超える水準まで上昇しましたが、2021年後半から失速し、2022年には、一時500ポイントを割り込む水準まで下落しました。

また、SPACを利用した新規株式公開(IPO)の取り下げも相次いでいます。SPACはこれまで資金調達先として人気がありましたが、FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策正常化に向けた取り組みが進む中、SPACを手控える傾向が強まっていると考えられます。