①から③までマネックス創業期の出井さんとの思い出を綴りました。このまま時系列で書き続けても、いくらでも思い出やエピソードはあるのですが、今回はちょっと趣向を変えて、出井さんのお茶目な面を書きたいと思います。出井さんは恐い、切れ者、何でも知ってる、というイメージが強いのですが、実は可愛らしい面もあるのです。
出井さんがソニーを辞められて以降、段々出井さんとの距離が短くなっていきました。そして毎年、出井さんの誕生日の前後に(当日は外させていただいておりました)、少人数での出井さんのお誕生日ディナーを企画し、お呼びしました。出井さんは毎回必ず企画に乗って下さいました。或る年、私はそのディナーをサプライズにしました。お誕生日を忘れている風で、或る日の晩、早めの二次会の時間帯に、私ともう一人の人とで、出井さんと飲む約束をしたのです。
ところが当日、ひとつ目のディナーが思い掛けない展開で、私が出井さんとの約束の店(バー)に着くのが少々遅れてしまいました。そしてあろうことか、もう一人の人も、同様に遅れてしまったのです。私が慌てて店に着くと、そこには誰も居ませんでした。あれ?どうしちゃったんだろう?お店の人に聞くと、最初は、誰も来ませんでしたと云ってたのですが、暫くして、まさか松本さんのお知り合い・連れの方だとは思いませんが、恐い表情をした年配の方が来ましたがちょっと居て帰られました、と云うのです。
あーーーっ!それは出井さんだ!そしてその頃、遅れてもう一人、そしてその他数人のサプライズ要員が予定通りに店に着いたのでした。私が恐る恐る出井さんのご自宅に電話をすると、果たして出井さんは帰られたばかりでした。出井さん、すみません、サプライズ誕生日飲み会だったのです。お店に戻って来てくれませんか?え?!サプライズ?事前に云ってくれなきゃ分かんないよ!えー、そんなぁ、事前に云ったらサプライズじゃなくなっちゃいます。その晩は結局もう出てきて下さいませんでした。後日、出井さんからサプライズお誕生日ディナーの要請が来ましたが、サプライズは無理ですと申しました。
また或る時、私は出井さんを大塚の居酒屋に連れて行くことになりました。元々出井さんが縁で知り合った九州在住の御仁と、私はよく日本酒を飲みに出掛けるのですが、出井さんも興味を持たれ、私が「ここは特別な飲み屋です。特別に美味い日本酒があるのです。同じ蔵の仕込み水もあるのでそれをチェイサーに飲みます」などと振ったお店に一緒に行くことになったのです。出井さんのセンチュリーに乗って大塚に向かう車中、出井さんが聞かれました。松本くん、そこは特別に美味しいんだよね。はい、特別に美味しい居酒屋です。いくら位するの?カード使えるの?足りるかな?出井さん、大丈夫です、私の持ち合わせの現金でおつりが来ます。居酒屋ですから。
今思い起こせば、出井さん、変な企画に誘ったり、場末の店にお連れしたりして、すみませんでした。でも出井さんは、いつも楽しそうでした。少年らしいところがあるのです、出井さんには。ちょっと育ちの良い少年ですが。そんな少年らしいところがいつまでもあるから、若い人や新しいアイデアに常に近くて、ご自身の年代から掛け離れた思考を持たれていたのだと思います。常に少年たれ。私もそうしようと思います。