ロシアがウクライナに軍事進攻を開始してから4ヶ月が経過し、世界経済への影響が徐々に浮かび上がってきています。世界銀行はウクライナの2022年のGDPを45%減と予測するなど、同国経済への影響は過去にない規模のものと予想されます。ロシアについても、欧米諸国から大規模な経済制裁を科されたことから、相応の影響を受けることが必至です。

経済制裁以降、ロシア国内では自動車、日用品をはじめ外国製品の物価高が顕著になっており、同国の4月のインフレ率は前年比で17.8%と高インフレ状態が続いています。これにより、今後も物価の上昇圧力による消費者の購買力の低下が懸念されています。制裁対象国であるロシアはもちろんのこと、ロシアに進出する西側企業も決済手段の凍結などを理由に撤退を余儀なくされています。

両国のGDP(国内総生産)が世界全体に占める割合は2%ほどであり、世界経済での役割は一見小さいように見えます。しかしながら、一次産品の主要なサプライヤーであり、世界全体の小麦の30%、トウモロコシや無機質肥料、天然ガスの20%、石油の11%を両国で占めています。本稿では、上記経済制裁下におけるアジア新興国地域への影響を貿易面などから考察します。

【図表1】2021年 各国名目GDP(単位:兆ドル)
出所: IMFよりクラウドクレジット作成

コモディティ価格上昇が各国GDPにマイナスの影響

図表1はロシア・ウクライナと主要先進国、ASEAN諸国の名目GDPを比較したものです。ロシアは軍事大国である一方で、経済規模は主要先進国と比較すると大きいとは言えません。日本と比較しても約1/3に過ぎない経済規模です。そんなロシアが強大な軍事力を持てるのは資源国、一次産品のサプライヤーであるからです。

また、経済制裁を起因とした資源、穀物などのコモディティ価格の上昇による世界各地域が受けるGDPへの影響度(図表2左側を参照)はユーロ圏では-1.4%、世界全体でも-1%超えと試算されており、ロシアを除く世界全体では-0.8%の下げ幅になっています。

インフレへの影響(図表2右側を参照)も世界全体で見ると2.5%を超える推計となっていることから原材料の高騰が産業、農業など経済全体に及ぼす影響は甚大であることが読み取れます。

【図表2】資源、穀物価格高騰が及ぼす経済への影響
出所:OECD Economic Outlook, Interim Report「Economic and Social Impacts and Policy Implications of the War in Ukraine」より一部抜粋

中国経済の動向に左右されるアジア新興国の経済

ロシア・ウクライナに対するASEAN諸国の貿易シェアについて、小麦などの穀物飼料、肥料をはじめウクライナからの輸入は一定の規模が見られるものの、全体としては高い水準とは言えません(図表3参照)。しかし、中国のロシアからの輸入が2022年4月に急増し、記録上最大となるなど、世界的なエネルギー価格高騰が影響していることが起因しているとは言え、欧米諸国が向いている方向とは異なっていると言えます。

一方で、中国の対ロシア輸出は新型コロナウイルス感染拡大初期以来の低水準に落ち込んでいます。中国の経済対策が緩衝となることでアジア新興国への直接の影響は少ないものの、インフレの高止まり継続による一次産品の物価上昇が長期に及んだ場合の影響度には注意が必要です。

【図表3】ASEAN諸国の対ロシア・ウクライナ貿易シェア
出所:WITSデータよりクラウドクレジット作成

中国のような一部の国は、自国経済への悪影響を緩衝するための経済対策を実施する能力を有しています。また、長期的なインフレ予想は、金利に影響を与え、市場に大きなインパクトを及ぼします。これには、現在の緊張状態がいつまで続くか、また、ロシアのエネルギーインフラやウクライナの主要輸出品の生産能力にどれだけの損害が生じたか、といった点が大きな影響を及ぼしますが、現時点ではまだ確定していません。

2022年4月、IMFは世界経済見通しの中で、2022 年のアジア新興国のGDP 成長率を前年比+5.4%(2022 年 1 月時点:同+5.9%)へ引き下げ、同地域の経済は引き続き中国経済の動向に左右されるとしています。ロシア・ウクライナ危機の影響については、ユーロ圏など主要貿易相手国の需要減退など間接的なものになると指摘しています。

一方で、タイなどCPI(消費者物価指数)構成比に占めるエネルギーの割合が最も大きな国はエネルギー価格の上昇に対するCPIの寄与度が高いため、2022年のインフレ率の見通しを引き上げています(図表4参照)

【図表4】ASEAN諸国のインフレ率の推移(2020年以降)※政治危機の影響を考慮し、ミャンマーを除く
出所:IMFデータよりクラウドクレジット作成

ロシア・ウクライナへの貿易依存度が比較的低いアジア主要国であっても、今後のインフレおよび世界経済の減速に影響を受けやすい国もあるため、引き続き動向を注視する必要があります。