ガソリンや電気代・ガス代などのエネルギー価格に加え、食料品などを中心に物価の上昇がじわりと広がっている。日本でもインフレになるのだろうか。そうであるなら資産運用の観点でも物価上昇に負けない備えが必要だ。

ここで問題は、インフレ下でも株式投資は有益なリターンをあげることができるか、つまり株式という資産はインフレヘッジになるかという点だ。

理論的に株式はインフレヘッジとして機能する、と説くのはジェレミー・シーゲル教授だ。
期待インフレ率の上昇は将来の期待キャッシュフローも増加させる。たとえ金利が上昇する局面でも、株式から得られる将来キャッシュフローの現在価値はインフレの悪影響を受けない。将来のより高いキャッシュフローが金利上昇を相殺し、時間の経過とともに株価はインフレ率と同じペースで上昇するからである(ジェレミー・シーゲル『株式投資』日経BP)。

とは言え、現実には利益の上昇率がインフレに追いつけないことはよくあるとシーゲル教授も認めている。シーゲル教授は高インフレ期には1年程度の短期では株式の実質リターンはマイナスになることを示している。同様の指摘はアンドリュー・アング『資産運用の本質 -ファクター投資への体系的アプローチ』(きんざい)にも見られる。アング氏は、インフレ率と株式の相関が低いことを指摘して、「株式は好ましくないインフレヘッジの手段」であると述べている。

実際に過去のデータで検証してみよう。例のロバート・シラー教授がHPで公開しているS&P500指数の長期データを使って相関係数を調べたところ、名目の1年リターンはインフレと弱い正の相関があるが、消費者物価指数で実質化した実質1年リターンはインフレと弱い負の相関であった。つまり、インフレが高まる局面では株価は上がるには上がるがインフレ率の上昇に追いつけないということである。
 
具体例を見てみよう。マン・グループのヘンリー・ネヴィル氏らの分析によれば、米国は1926年-2021年にインフレ年率が2%を超えて5%超まで上昇した時期を8回経験した。8回のインフレ期は以下のとおりである(インフレ率はヘッドラインCPI)。

① 41年4月-42年5月~米国の第2次大戦参戦:インフレ年率15%
② 46年3月-47年3月~第2次大戦終結:同21%
③ 50年8月-51年2月~朝鮮戦争:同7%
④ 66年2月-70年1月~ブレトンウッズ体制終焉:同19%
⑤ 72年7月-74年12月~OPECの石油禁輸:同24%
⑥ 77年2月-80年3月~イラン革命:同37%
⑦ 87年2月-90年11月~レーガンブーム:同20%
⑧ 07年9月-08年7月~中国の需要ブーム:同6%

インフレ期に米国株の実質リターンがプラスだったのは8回中2回のみで、8回の年率実質リターンの平均はマイナス7%であった。つまりインフレヘッジにはならなかったということである。

しかし、それは今後物価上昇が予想される我が国では株式を手放すほうがよいという短絡的な結論には結びつかない。上記8回の過去の米国のインフレは見ての通り、極めて高い物価の上昇だった。現代の日本で年率10%とか20%のインフレが起こるだろうか。せいぜい数%のインフレだろう。そうであれば十分に実質でプラスのリターンは期待できる。

上記の米国株式の年率実質リターンは、インフレ期には確かにマイナスだったが、非インフレ期は平均10%のリターンをあげた。インフレ期には株式を持たず、非インフレ期にだけ株式に投資するというようなマーケットタイミング戦略は非常に難しい。換言すれば、上がるときだけ株に投資して、下がるときには投資しないというようなものだ。

たとえ高インフレ期に実質リターンがマイナスとなっても一時的だろう。長期では株式の名目リターンは極めて高いので、一時期のマイナスリターンを相殺して長期ではインフレヘッジになるだろう。ましてや、この日本のインフレ率などたかが知れている。

原材料高によるコスト上昇を販売価格に転嫁できるような、強い製品力、値上げしても客離れがおきない強いブランド力のある企業がこれからはますます選ばれていくだろう。そういう企業に投資するのがいちばん堅実なインフレヘッジになるだろう。