<所感>

昨今盛んに謳われているESG投資とは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素に配慮した経営を行う企業に投資することを指している。

こうした要素は数値に表しにくいため、適切な情報の取得とその理解が肝となる。「環境配慮」などという何となく良いことが進んでいるような印象で情報を判断していたのでは、この先の更なる情勢の変化についていけなくなりかねない。

今回はストラテジーレポートに替えて、今後更に増えていくESG情報についてのレポートとした。ESG投資が謳われることになった背景やESGに関連する団体組織の成り立ちなど、ESGの認知が進んだ歩みを紹介するとともにESG情報が今後どのように扱われることになるか、気候変動情報を特に取り上げて解説する。

 

英政府は10月20日、同国のグラスゴーで開催する第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の日程を発表し、11月1、2の両日に各国首脳らが参加する「ワールド・リーダーズ・サミット」を開くと発表した。

リーダーズ・サミット以降の日程では11月3日に気候変動対策の資金調達について、4日にエネルギーの脱炭素化に関して議論する予定。そこで本稿では気候変動に係る情報開示についてみていく。

気候変動情報とは

気候変動情報とは何か。この問いに端的に答えることは難しい。なぜなら気候変動を巡ってはいくつもの概念とそれを表す名称があふれているからだ。もっとも広義な気候変動情報は「サステナビリティ情報」だろう。もっとも狭義なそれは気候関連財務情報開示タスクフォース(以下TCFD)提言の指標である温室効果ガス(GHG)のScope1-3と言えるかもしれない。この広義と狭義の気候変動情報の間に、いくつもの概念/名称が存在する。例えばサステナビリティ情報はSDGsの17の目標で代表させることができるし、さらにそれらをESGの3つに集約することが可能だ。この段階でほぼ同義のことを「サステナビリティ」「SDGs」「ESG」と表現していることになる。

ESGのなかのE(Environment,環境)には気候変動だけでなく他にも自然環境破壊(森林、海洋)、生物多様性の問題などがある。無論、それらは気候変動問題と密接に関連しているが、厳密には気候変動とは別の問題である。気候変動はESGのなかのひとつであるEの、そのまたひとつに過ぎない。然るに、気候変動の問題とESGがほぼ同じ文脈で使われる例が少なくない。例えば、脱炭素社会について述べる論説で唐突にESGファンドのパフォーマンスが語られたりする。

「カーボン・ニュートラル」あるいは「脱炭素」はもはやバスワードと言えるだろう。重箱の隅を突く気は毛頭ないが、温室効果ガスは炭素だけではない。京都議定書で排出削減の対象となっているのは二酸化炭素(CO₂)に加え、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF₆)。2013年の第二約束期間から、三フッ化窒素(NF₃)も加わり計7種だ。したがって、「カーボン・ニュートラル」/「脱炭素」は「温室効果ガス・ゼロ」と厳密には同義ではない。

このように、気候変動を巡っては、ほぼ同じ意味だが微妙に差異のある用語が多くあり、その統一感のなさが気候変動問題の全体観を把握しづらくさせているのではないかと考える。

気候変動情報の利用者にとって、問題の1つは複数の開示基準設置機関が乱立し国際的な統一基準が確立していないことであった。しかし近年は企業の気候変動情報の開示に関しては気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に沿った内容での開示が国際標準になりつつある。本章では主要な開示基準設置機関とこれまでの経緯を概観する。

年代で見るとグローバル・リポーティング・イニシアティブ (GRI, Global Reporting Initiative)が1997年設立と最も古い。GRIはESGに関する「GRIスタンダード」を作成しており、企業がESG情報を「GRIスタンダード」の基準に沿って「サステナビリティ報告書」で開示することを促している。そのGRIなどが2010年に設立したのが国際統合報告評議会 (IIRC, International Integrated Reporting Council)であり、「国際統合報告フレームワーク」を設けた。

それは企業の、いわゆる6キャピタル(財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)がいかに長期的にサステナブルな価値創造をおこなっているかを示すフレームワークである。

CDSB (Climate Disclosure Standards Board)は2007年にCDPなどによって設立された。気候変動だけでなく森林、生物多様性など広く環境に関わる開示を促進する。

2011年にはサステナビリティ会計基準審議会 (SASB, Sustainability Accounting Standards Board)が設立された。文字通りサステナビリティ情報の開示を促すことを目的としているが、特徴は11セクター77業種について固有のサステナビリティ関連指標を提示したSASBスタンダードを設けていることである。

そして2015 年に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD, Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が金融安定理事会(FSB)によって設立され、2017 年には気候変動情報開示の規範的あり方をまとめたTCFD提案を公表した。

基準統合の方向性

これらの機関の開示基準は重なる部分もあるが、基本的にはばらばらであり、特に情報利用者である投資家の立場からは、異なる基準を用いている企業を比較することの難点が従前より指摘されていた。

そこでこれら基準設定機関の間でも気候変動情報開示基準の一貫性や比較可能性の改善など情報利用者の要請に応えるべく、それぞれの基準を整理・調整する動きが広まった。2014年にはIIRC が主導する形でCRD(Corporate Reporting Dialogue)というプロジェクトが開始された。主要な設定機関である GRI、CDSB、SASBに加え国際標準化機構 (ISO, International Organization for Standardization)や国際会計基準審議会 (IASB)、米国財務会計基準審議会 (FASB)もこのプロジェクトに参加している。

そしてCRDプロジェクトの発展形として2018 年には「Better Alignment Project」が開始され、ESG情報のうち、まずは気候変動に焦点を絞って2019年に「Driving Alignment in Climate-related Reporting」というレポート第1号を公表した。翌2020 年 12 月には気候関連の財務開示基準のひな形として「Reporting on enterprise value Illustrated with a prototype climate-related financial disclosure standard」を公表している。それは各基準の整理、統合、補完をするものであるが、すべてにおいてTCFD提案が基本にある。このひな形ではTCFD提案の「ガバナンス、戦略・リスク管理、指標と目標」について、その目的、開示項目、開示方法等が記載されている。

冒頭で、「近年はTCFD提言に沿った内容での開示が国際標準になりつつある」と述べたのはこうした動きを指したものである。その後も統合の動きは進み、基準設定機関の統合も行われた。2021年6月に国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)は合併してValue Reporting Foundation(VRF)を設立した。今後さらなる統合、すなわちCDSBとの合併が行われるか注目される。

【後編】につづく