>> >>どうなる気候変動情報の開示【ESGレポート/前編】

TCFD提言がスタンダードに

なぜTCFD提言に沿った内容での開示が国際標準になりつつあるのだろう。もちろん、それはTCFD提言のフレームワークがそれまでの開示基準と整合性、補完性があり包括的にフィットしていたからということが第一の理由だろう。それに加えて組織の成り立ち方にポイントがあるのではないかと筆者は考えている。

GRI, IIRC, SASB, CDSBなどはその名称が示す通り、「報告」「開示」「会計」という観点から気候変動をとらえている。それに対してTCFDは金融安定理事会(FSB)によって設立されたものだ。その背景には、気候変動のリスクと機会を十分に把握できなければ金融機関は投融資・保険引受の判断が適切に行えず、その結果、将来、資産価値の大幅な急変が生じることにより、金融安定性が損なわれるリスクがあるとの懸念があった。

これを受けて、2015年4月に開催されたG20 財務大臣・中央銀行総裁会議は、FSBに対して金融機関にとっての気候関連情報の課題を検討するよう要請した。こうしてFSBの諮問を受けた民間のタスクフォースとしてTCFDが設置されたのである。

つまりTCFDの創設は金融機関が気候変動情報を利用する必然性やそれが不十分である場合の危機意識が出発点になっている。だからこそ、そのフレームワークは金融機関という情報利用者の視点からの発想がより強く反映されている。それが気候変動情報の開示においてグローバル・スタンダードになっている理由だろうと考える。

2021年9月30日時点で、TCFD賛同機関は世界全体で2,529機関まで拡大している。実は、日本における TCFD 賛同機関数は世界1位の509機関と他国に先行する。その背景には官民一体となった、我が国の積極的な取り組みが挙げられる。

2019年5月、日本経済団体連合会等の呼びかけにより、TCFDコンソーシアムが設置された。TCFDコンソーシアムは、TCFD提言へ賛同する企業や金融機関等が一体となって企業の効果的な情報開示や、開示された情報を金融機関等の適切な投資判断に繋げるための取り組みについて議論する場であり、金融庁、経済産業省、環境省は運営面でサポートすると共に、オブザーバーとして参加している。

経済産業省が主催した「TCFDサミット2021」の総括は、「日本のコンソーシアムの活動をきっかけに海外でもコンソーシアム設立に向けた動きがあり、日本からの貢献が世界的な開示の拡大に果たす役割が大きい」と述べている。

2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードも、プライム市場上場企業において、TCFD又はそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実させることを要請している。これは実質的な義務化と言えるだろう。

気候変動情報開示の現在の位置づけ

これまで見てきたように、企業の気候変動情報の開示に関してはTCFDの提言に沿った内容での開示が国際標準になりつつある。ところが2020 年 9 月、IFRS財団評議員会が、サステナビリティ報告に関する協議文書を公表した。IFRS財団の傘下に、新たな国際サステナビリティ基準審議会(ISSB, International Sustainability Standards Board)を設置し、グローバルなサステナビリティ基準を策定していくことを提唱した。

まずは気候関連の報告に注力する方針で、それについてはTCFDのフレームワークを基にするとしているが、一方で、その他のESG事項に関する投資家の情報ニーズに対応するための取り組みを行うという。

ISSBは2022年6月までに基準策定を目指すとしている。従って本稿執筆現在、その詳細は明らかになってはいないが、日本経済新聞はISSBの基準作成を巡って世界各国が主導権争いを活発にしていることを報じ、「各国の動きの背景には、ISSBの基準がESG開示の事実上の世界標準になるとの読みがある」と伝えている(2021年9月22日「ESG開示で統一基準模索 IFRS財団、来年6月までに 各国の主導権争い激しく」)。

同記事は、「各国が神経をとがらせるのは、TCFDの提言には盛り込まれていない詳細な開示項目に踏み込む可能性があるからだ」として、一例にTCFD提言では推奨にとどまる自社と供給網まで含めた温暖化ガス排出量や、気候変動リスクの評価や投資の意思決定に使う炭素価格といった指標の開示も義務化される可能性を指摘している。

そうしたなか、TCFDは10月14日、従来の提言からさらに踏み込んだ新しい指針を発表した。温暖化ガス排出量の削減につながる技術の研究開発や人員強化、排出量が多い事業からの撤退・縮小等の計画を具体的に示すことを求めた。要は、気候変動情報の開示を巡ってはまさに「現在進行形」で検討や修正が加えられていく途上にあるということだ。

気候変動はESGの中の一つであるEの、そのまた1つに過ぎない。しかし、気候変動はEの中の他の課題、森林や水、生物多様性などと密接に関係しており、さらにE以外のSやGの文脈でも語られるべきものである。気候変動とSocietyのかかわり方、気候変動情報のガバナンスのあり方などの観点は重要であり、本来はより広義なサステナビリティ情報、ESG情報の枠組みの中で論じられるものだろう。

そのESG情報については、日経新聞が見解を述べているように、おそらくISSBの基準がESG開示の事実上の世界標準になると思われるが、それが明示的な形になるのはまだ先だろう。換言すれば、気候変動情報は全体の中の一部で、その全体観が明らかにならない以上、情報利用者は現在の気候変動情報開示のあり方が「限定的」「部分的」なものであるとの認識を持ちながら使用していくべきと考える。