香港の投資運用会社リム・アドバイザーズ・リミテッド(以下、リム・アドバイザーズ)は、アジア市場で投資しており、日本企業にも積極的に提案を行なっているアクティビストです。この記事では、同社が日本企業に行なってきた株主提案について解説していきます。

ニチイ学館の「創業者利益」を問題視

2020年8月3日、リム・アドバイザーズ・リムテッドは介護大手ニチイ学館を巡るTOB(株式公開買い付け)に応募しないと発表しました。ニチイ学館は、同年5月8日に米投資ファンドのベインキャピタルと組んでMBO(経営陣による買収)を発表し、TOBを実施して株式の非公開化を目指していました。

ニチイ学館は、TOB価格を当初1株1,500円に設定していました。しかし、リム・アドバイザーズは2,400円が妥当と主張。ニチイ学館の株価はMBO発表後に1,700円台をつけ、TOB価格を1,670円に引き上げました。

しかし、リム・アドバイザーズが問題視したのは公開買付価格だけではありません。買い手のグループに売り手であるニチイ学館の社長や創業者一族、ニチイ学館の社外取締役であるベイン日本代表の杉本氏が含まれていることは、利益相反に当たるのではないかと問題視したのです。

さらに、リム・アドバイザーズは「マジョリティ・オブ・マイノリティ条項」が設定されていないことも問題視しました。マジョリティ・オブ・マイノリティ条項とは、MBOのように少数株主の利害が損なわれる恐れがある取引において、利害関係を持つ大株主を除いた少数株主の中で、少なくとも過半数の応募をTOBの成立条件とするものです。そして、同社はマジョリティ・オブ・マイノリティ条項が設定されていないことは、2019年6月に経済産業省が発表した「公正なM&Aの在り方に関する指針」にも反していると主張しました。

しかし、2020年8月17日までの買付期間に、自己株式を除いた発行株式総数の82%の応募が集まり、ニチイ学館のTOBは、翌日8月18日に成立しました。リム・アドバイザーズ主張する価格2,400円には至りませんでしたが、同社の主張は、TOB期間の3回の延長やTOB価格の引き上げにつながりました。

東証出身者の「天下り」が続く平和不動産に対する株主提案

2021年5月、リム・アドバイザーズは、東京証券取引所の本館ビルなどを所有する平和不動産に対し、東証出身者の取締役の選任を禁じる株主提案を行いました。

平和不動産は、1947年に日本証券取引所が解散された際に、同所が東京、大阪、名古屋その他に所有する証券取引所等の施設を、会員組織の証券取引所および証券業者等に賃貸する目的で設立されました。同社はJPX(日本取引所グループ)と親子関係にはありません。しかし、平和不動産の社長には代々、東京証券取引所の出身者が就任しており、歴史的にJPXの天下り先となっていました。

リム・アドバイザーズは、大口顧客のJPXから取締役を受け入れる人事が、賃料交渉などで利益相反を生んでいると主張。平和不動産は、東証ビルの賃料を株式の売買代金に合わせていましたが、1998年以降は2年程度の間隔で固定賃料を決める方式に変更していました。ピーク時の1997年には年間73億円の賃料がありましたが、2015年度には27億円と半分以下に減少。2019年度に賃料を30億円としましたが、周辺賃料と比較するとかなり安い賃料であり、周辺との乖離は明らかでした。

リム・アドバイザーズは、このように周辺相場と比べて賃料が割安であり、JPXから取締役を受け入れた結果として賃料が抑えられているのであれば、重大な「利益相反」に当たると主張したのです。

平和不動産の買収防衛策は廃止に

リム・アドバイザーズの株主提案は、2021年6月24日の平和不動産の株主総会で否決されました。ただ、株主提案には平和不動産が無視できないほどの票が集まり、株主の一定の支持を集めたことには意味があると言えるでしょう。JPXは上場企業のガバナンス(企業統治)改革を進めていますが、子会社でもない上場企業の平和不動産に天下りさせる慣例が、ガバナンス向上に反しているのではないかという疑問が投げかけられたからです。

また、リム・アドバイザーズが株主提案に踏み切ったのは、2021年の平和不動産の株主総会で買収防衛策の更新を控えていたからです。平和不動産は株式の保有割合が20%以上になる大量買い付けが判明した場合、買い付け者以外の株主に新株予約権を無料で割り当てる「ポイズンピル」と呼ばれる買収防衛策を導入していました。ポイズンピルが発動されると株式の希薄化を招き、株価の上昇を抑制する要因となることから、株主の評価は良くありません。実際、2018年6月の株主総会でポイズンピルが更新された際、株主の賛成比率は約56%に過ぎませんでした。

平和不動産はポイズンビルを導入している理由として、「企業価値や株主の利益を損なう大量買い付けを抑止するため」としていますが、東京証券取引所からの天下りを受け入れていることが、「企業価値や株主の利益」を損なっているとも考えられます。

しかし、平和不動産は2021年6月の株主総会で買収防衛策を更新せず、廃止しました。リム・アドバイザーズの株主提案は否決されましたが、多くの株主が納得していなかった平和不動産の買収防衛策を廃止させるきっかけになった可能性は高いと言えるでしょう。

今後もリム・アドバイザーズの株主提案が日本企業にどのような変化をもたらすのか、引き続き注目していきたいと思います。