ブリッジウォーター・アソシエイツの投資手法とは
1億ドル以上の資金を運用する機関投資は、各四半期が終了した後45日以内にSEC(米証券取引委員会)に対して、株式保有報告書(フォーム13F)を提出することが義務づけられている。今回は8月に開示されたフォーム13Fから、世界最大のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエイツ(以下、ブリッジウォーター)の6月末時点のポートフォリオを探ってみたい。
ブリッジウォーターはヘッジファンドの帝王ことレイ・ダリオ氏によって1975年に設立された。本拠は米国コネチカット州で、年金基金、財団、外国政府、中央銀行などの機関投資家にサービスを提供、約1400億ドル(2021年3月時点)の資金を運用するヘッジファンドである。
1949年にニューヨークで生まれたレイ・ダリオ氏は、新聞配達やゴルフ場のキャディのアルバイトで得た収入を元手に、12歳から株式投資を始め、高校生の時には数千ドルを運用するまでになった。ロングアイランド大学で金融を学んだ後、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得。卒業後、メリルリンチ銀行に入行するが、すぐに退職を余儀なくされ、友人と共に自宅アパートを本社としてマクロ経済のレポート販売を行うブリッジウォーターを創業したのが始まりだった。
ブリッジウォーターの投資手法は、徹底的な歴史の分析に基づいている。過去100年間に起こった出来事に対して市場がどのような反応を示したかを詳細にデータ分析し、その中から普遍的な法則を探り出そうとするものである。国際情勢からマクロ経済、金融政策、歴史、社会のトレンドなどが引き起こす需給の変化を綿密に調査し、そこから価格の大きな上昇または下落を予想してポジションをとる「グローバルマクロ戦略」を採用している。
「知的なネイビーシールズ」軍団、新入社員の30%は脱落
会社を経営するうえでレイ・ダリオ氏が重視しているプリンシパル(原則)の1つは「ラジカル・トランスペアレンシー(徹底的な透明性)」だ。ブリッジウォーターの社員は会議中など、絶えず他の社員を評価する仕組みを取り入れており、分析のクオリティ、プレゼンテーションの明確さなどについてのフィードバックを受け取る。ブリッジウォーターの社員は海軍の特殊部隊になぞらえて「知的なネイビーシールズ」と呼ばれているが、新入社員の30%は脱落するそうだ。
しかし、レイ・ダリオは社員を解雇することを恐れていない。「優れた人格を備えていなければならず、また優れた組織を作るために優れた能力を備えていなければならない。そして、それを実現するために、愛する誰かを手放さなければならない時もある」と述べている。
ボラティリティを抑えた保守的なポートフォリオが「投資の王道」
8月13日に開示されたブリッジウォーターのフォーム13Fを見ていこう。なお、このフォーム13Fの対象はあくまで米国株式のみ(ADRやETF、オプションやワラントも含まれる)で、ポートフォリオの全てが開示さているわけではないことに注意していただきたい。例えば、ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイのフォーム13Fにおいても日本の総合商社への投資は含まれていない。
また、報告対象はロングポジションのみでショートポジションは開示されていない。さらにはフォーム13Fが開示されるのは四半期末から約45日後のため、その間にポジションが変動している可能性もある。つまり、開示されたタイミングで当該銘柄を保有しているかどうかは定かではない。これらを前提に確認していこう。
図表1はフォーム13Fの開示情報を元に、ブリッジウォーターの保有株数と保有価値の推移を示したものである。コロナ・ショックにさらされた2020年第1四半期には保有価値が大きく落ち込んだものの、そこから順調に回復を示している。直近では保有株数は減少しているものの、保有価値は2019年第1四半期のレベルに迫っている。
保有株を時価順と株数順にまとめ、トップ30を抜き出したのが図表2と3である。ご覧の通り、ゴールドのETFを含めてETFの保有比率が高いこと、アリババ(BABA)やニオ(NIO)など米国市場に上場する中国企業へも投資していることが分かる。一方、米国企業ではウォルマート(WMT)やコストコ(COST)、コカ・コーラ(KO)、ペプシコ(PEP)、P&G(PG)やジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)、クラフトハインツ(KHC)など生活必需品セクターが多い。配当利回りの高い優良企業の株が中心で、かなり保守的な印象を受けるのではないだろうか。
上記2つの図表からETFを除いて個別株だけをピックアップし、アルファベット順に並べ変えたものが図表4である。
GAFAMの保有を確認すると、アマゾン(AMZN)は保有していなかった。その他については、アルファベット(GOOGL)が420株、アップル(AAPL)は2,848株、フェイスブック(FB)は2,021株と少ない。また、保有株数が相対的に多かったのはマイクロソフト(MSFT)であるが、それでも全体の保有株数に対する割合はわずか0.66%程度(103,005株)だった。テスラ(TSLA)は約25,000株保有している。なお、これらはあくまで個別に開示されている情報を元にしたものであり、ETFで間接的に保有する分は含んでいない。
デジタル技術を使ったハイテク企業が騰勢を強める相場が継続している中、従来のグローバル・マクロファンドは苦戦を強いられており、ブリッジウォーターも例外ではない。
ブルームバーグの記事「ダリオ氏のヘッジファンド、年金基金が外す可能性も-リターン低調で」によると、210億ドル(約2兆3000億円)規模を運用するカリフォルニア州オレンジ郡の年金基金(OCERS)が、レイ・ダリオ氏のヘッジファンドを投資先から外す可能性を検討しているという。2005年以降のリターンが年率4.5%と、ベンチマークを約2.5ポイント下回っているためである。
しかし、投資というのは本来退屈なものである。大化け株などで一時的に大きな資金を得たとしても、あぶく銭はすぐに泡と消える傾向がある。長く市場に留まり生き延びるためには、安定した王道株への投資が重要である。
本コラムにおいてウォーレン・バフェット氏を取り上げることがあるが、今回のレイ・ダリオ氏のポートフォリオを見ると、バフェット氏との共通点が多いことが分かるだろう。バフェット氏もダリオ氏も地道な投資を行っている。一時的な流行りに乗るのはいいが、収益の裏付けのない投機銘柄に乗ってしまうと、オール・オア・ナッシング(All or Nothing)の世界に引き込まれてしまい、長く投資の世界で生き残ることはできないのだ。
「知っていること」より「知らないこと」に目を向けるダリオの哲学
ダリオ氏は2017年にブリッジウォーターのCEOの座を退き、その年に初の著書となる「PRINCIPLES(プリンシプルズ)人生と仕事の原則」を出版した。ブリッジウォーターを創設してから経験したいくつかの重要な局面を振り返りつつ、そこから得た普遍的な教訓をまとめ、自らの投資の基本原則を公開したものである。ベスト・プラクティスからプロセスを導き出すことは、リスク管理にとっても、コミュニケーションにとっても示唆に富んでいる。ダリオ氏がブリッジウォーターで成し遂げてきたことの根底には、彼独自の人生哲学がある。
1982年に大きな挫折を経験し、その時の経験から「知っていること」より「知らないこと」に目を向けることが重要だと考えるようになる。再起を図る過程において、ダリオ氏は、「これからもリスクをとることを諦めたくはないが、リスクを取るのであればもっと謙虚に、かつ新たな視点で臨むべきだ」と気づいたという。
ダリオ氏はツイッターで、以下のようにコメントしている。
誰もが弱点を持っており、それらの弱点は一般的に間違いのパターンに現れるものである。成功に近づく最も早い道は、その弱点がなんであるかを知ることであり、それをよくじっくり観察することだ。
Everyone has weaknesses and they are generally revealed in the patterns of mistakes they make. The fastest path to success starts with knowing what your weaknesses are and staring hard at them.
— Ray Dalio (@RayDalio) July 15, 2021
Start by writing down your mistakes and connecting the dots between them. (1/3) pic.twitter.com/Bn67TI5vjG
経済のからくりは簡単なものだが、それを本当に理解している人は少なく、またそのからくりが納得できず経済的な苦難に追い込まれている人も多い。経済の仕組みは複雑に見えるが、シンプルな構成要素とシンプルな取引から構成されており、これが繰り返し何度も起きている。
このような出だしで始まるのはダリオ氏の哲学をまとめたYouTube動画「30分で判る 経済の仕組み Ray Dalio」である。最後に経済活動における3つの要素について、次のように述べられている。
3つの重要な要素が存在します。次のことを忘れないでください。
第1に、所得より早く債務を増加させない、でないと債務負担が耐えきれなくなります。
第2に、所得を生産性より早く増加させない、そうなると競争力が弱くなります。
第3に、生産性を向上させる努力を惜しんではいけない、これは長期的に一番大切な要素なのです。
世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーターのダリオ氏は30年以上の長期にわたって最も顧客に利益を与えたファンド史上最高の運用者と言ってもよいだろう。ぜひ興味のある方は上記の動画をご覧になってはいかがだろう。
石原順の注目5銘柄
ブリッジウォーターの保有株の中から5銘柄を取り上げる。