世界が脱炭素社会へと突き進むなか、「夢の燃料」として熱視線を浴びているのが水素です。燃やしても水しか排出しないうえ、1キログラムあたりの発熱量が約3万キロカロリーと炭素の2.5倍の発熱効率を誇ります。常温では体積の大きい気体で、液体化するにはマイナス253度の超低温に冷やす必要があります。そのため、これまで燃料としては宇宙ロケットにしか使われていませんでした。代替燃料として実用化するには様々な技術が必要になるため、関連銘柄は幅広い業種に及びます。株式市場では「水素社会」のインフラを担うと目される銘柄などに投資家の資金が向かっています。

「夢の燃料」実装へ、進むインフラ整備

夢の燃料とはいえ、これまで実用化されていなかっただけに水素を燃料として社会実装するには「つくる」「運ぶ」「貯める」「使う」ためのインフラ整備が欠かせません。つくるためには二酸化炭素(CO2)を排出しない再生可能エネルギーを利用した電気分解施設などが必要になります。運んだり貯めたりするには液化や超低温輸送などの整備が欠かせません。水素を燃料とするトヨタの燃料電池車(FCV)「ミライ」などで使うためには、水素ステーションの整備が進む必要があります。「水素エネルギー」に関連する銘柄のうち、菅義偉政権が発足した2020年9月16日以降の上昇率が高い上位10社は以下のようになります。

【図表1】菅政権発足以降の上昇率が高い「水素エネルギー」に関連する上位10社
出所:QUICK

水素ステーション普及なら圧縮機に需要

首位の加地テック(6391)は空気や各種ガスのコンプレッサー(圧縮機)を手掛けています。燃料電池用の高圧水素ガスコンプレッサーを水素ステーションに納入しており、水素の充填サービスが拡大するとの期待が高まると買われやすく、株価は2倍強となっています。2位の千代田化工建設(6366)はプラント建設大手ですが、トルエンに水素を反応させ、常温で液体として貯蔵・輸送し、そこから水素を分離するための触媒の開発に成功しました。東南アジアのブルネイ・ダルサラームとの世界初の「国際間水素サプライチェーン実証」で大量輸送を実現しています。

3位と4位には日本製鉄(5401)とJFEホールディングス(5411)という鉄鋼大手が入りました。酸素を除去して鉄の強度を上げる還元と呼ばれる工程で、石炭の代わりに水素を利用して鉄をつくる「水素製鉄法」の開発を進めるなど二酸化炭素(CO2)排出削減に取り組んでいます。ただ、国内の製造業が排出するCO2の4割は鉄鋼業が占めています。脱炭素のテーマとしてよりも、景気回復への期待や収益改善に向けた大規模なリストラ策の発表などが評価されたのかもしれません。5位の岩谷産業(8088)は1941年に水素販売を始めたパイオニアで、水素ステーションの運営も手掛けています。

水素社会への移行期にはアンモニアを活用

夢の燃料とされる水素ですが、供給網などインフラの整備には時間がかかります。そこで水素社会に移行していく期間中の燃料として政府が期待を寄せるのがアンモニアです。アンモニアは窒素と水素の化合物で肥料や合成繊維の原料、排煙に含まれる窒素酸化物(NOx)の除去など工業用に使われています。燃焼してもCO2を排出しません。輸送するための液化も水素のように超低温にする必要がなく、製造や輸送、貯蔵の方法も確立済みで火力発電の燃料として注目されています。アンモニアを発電に使う試みは海外では進んでおらず、日本が先行しています。

政府は2021年度から石炭火力の燃料にアンモニアを20%混ぜて使う実証実験を始め、NOxの発生を抑制する技術を開発したうえで本格運用を目指します。現在は年間100万トンのアンモニア需要を2030年に300万トン、2050年には3000万トンまで拡大する方針です。将来的にはアンモニアのみでの発電も視野に入れ、アジアを中心に世界にアンモニアによる火力発電を広げるロードマップを描いています。「アンモニア」関連銘柄の上昇率上位10社は以下の通りです。

【図表2】「アンモニア」の関連銘柄の上昇率上位10社
出所:QUICK

トップとなったのはAGC(5201)です。AGCは1933年にアンモニアを用いた苛性ソーダの生産を開始するなどアンモニアの扱いは長いですが、製造はしていません。アンモニア関連株というよりは4月12日に業績の上方修正を発表したのが評価されたようです。3位の昭和電工(4004)は廃プラスチックをガス化して製造したアンモニアを「エコアン」として販売しています。アンモニア事業は物流コストや生産設備の維持・更新費用の増加で採算が悪化していますが、政府の後押しによって息を吹き返すかもしれません。

現在世界で作られる水素の9割以上は、天然ガスや石炭など化石燃料を燃やし、ガス化して抽出する「グレー水素」(※)です。カーボンニュートラルの観点からは最低水準となります。アンモニアも天然ガスを水素とCO2に分離し、水素と窒素を反応させて作るため、製造時に大量のCO2を排出する問題があります。いずれもCO2を回収して地中に埋める必要があります。再生可能エネルギーなどを使い、CO2を完全に排出しない「グリーン」な水素の生産は始まったばかりです。脱炭素社会に向け、クリーンとされるエネルギーの製造工程にも目を光らせたいですね。

 

(※)水素は無色透明な気体ですが、カーボンニュートラルの観点から色分けされています。各色の定義は以下の通りです。

・グリーン:再生可能エネルギー由来の電力を利用して水を電気分解して生成する水素。

・ブルー:CO2を回収・貯蔵する過程で生成される水素。水素はCO2分離回収の際に生じるためCO2を排出しないとみなすことができる。

・ターコイズ:メタンを再生可能電気で熱分解し、炭素を固体化してCO2を排出しない方式で生成した水素。

・グレー:化石燃料を燃やして抽出しCO2を大気に放出して生成した水素。

欧州ではグリーン水素を目指す動きが活発になっており、日本でも旭化成などが世界最大級のグリーン水素製造拠点を設立しています。