2020年は記録的なIPOの1年
2020年はIPO投資家にとって振り返ってみれば、記念すべき1年になったと言えるであろう。新型コロナウィルスの世界的大流行によって、株式市場は2020年3月、大きな調整を余儀なくされた。しかし株式市場の回復とともに、IPO活動も年後半にかけてラッシュを迎えた。
米国のIPO情報を提供するルネサンス・キャピタルによると、12月17日時点で上場件数(直接上場やSPACなどを除く)は前年比35%増の216件で、調達金額は68%増の781億ドルと、2014年以来の高い水準となった。
セクター別ではヘルスケアとテクノロジー関連のIPOが最も多く、全体の3/4を占めた。スノーフレイク(SNOW)やエアビーアンドビー(ABNB)、ドアダッシュ(DASH)など10億ドルを超える大型上場も存在感を示した。エアビーアンドビーの時価総額は既に900億ドルを超えており、これはエアビーアンドビーの主幹事を務めたゴールドマン・サックス(GS)の時価総額833億ドルをあっさり追い抜いている。
2020年のIPO銘柄の初日上昇率を見ると、8月に上場したキュアバック(CVAC)は、公募価格16ドルに対して初日に55.60ドルまで上昇し、約3.5倍となった。キュアバックは、米バイオ医薬品企業モデルナ(MRNA)や独製薬ベンチャーのビオンテックと同様に、メッセンジャーRNA(mRNA)を利用した新型コロナワクチンなどの治療法を研究しており、製薬大手のグラクソスミスクライン(GSK)やカタール投資庁からも出資を受けている他、マイクロソフト(MSFT)のビル・ゲイツ氏の支援も受けている。(※マネックス証券では、キュアバック(CVAC)の取扱いはしておりません。)
ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイ(BRK.B)とセールスフォース・ドットコム(CRM)が投資したことでも話題となったクラウドデータ管理のスノーフレイク(SNOW)の株価は、9月のIPO以来、約130%上昇し、データマイニング企業のパランティア・テクノロジーズ(PLTR)の株価は2.5倍に上昇している。
数や資金調達額の多さ、そして株価の上昇率など、まさに1990年代後半から2000年にかけてのドットコム・ブームを彷彿させるような賑わいとなっている。
活況の一方で課題も:SPACブームと赤字企業の上場
直接上場が2019年のIPO市場で最も話題になった手法であったとすれば、2020年のIPO市場の一大ムーブメントとなった1つはSPAC(特別買収目的会社)であろう。著名投資家やベンチャーキャピタリストだけでなく、元米下院議長のポール・ライアン氏やLinkedIn(リンクトイン)の共同創業者であるリード・ホフマン氏などもSPACの立ち上げに関与している。
SPACは上場の時点で事業の実体を持たず、有望な会社を見つけて将来的に買収することを目的としている。買収先を特定していないことから、ブランクチェックカンパニー(白紙の小切手)と呼ばれている。投資家は箱だけの会社であるSPACによる買収の選別眼だけを信じて資金を託す。SPACは、買収した企業と統合することで単なる箱から実体のある企業へと変わる。一方、買収された企業は一夜で上場企業に変身するのである。
実は、2020年のIPO件数はSPACを含めると倍増する。2020年は241件のSPACが734億ドルを調達した。前述のIPOと合わせると、これまでのところ2020年のIPOによる資金調達額は約1500億ドルで、その約半分はSPACによるものである。
これまでに英ヴァージン・グループ傘下の宇宙旅行企業ヴァージン・ギャラクティック・ホールディングス(SPCE)、オンラインスポーツカジノのドラフトキングス(DKNG)、水素自動車の開発を手がけるニコラ(NKLA)、自動運転技術のルミナー・テクノロジーズ(LAZR)などもSPACと合併して公開企業となった。
本来、上場する企業は収益の実績や事業計画、企業統治を整え、厳しい審査を受けなければならない。しかし、SPACとの合併によってその上場審査をスキップすることが出来る。このため、上場に値しない企業が交じる可能性もあり、市場の信頼を損なうことにもつながりかねない。
日経新聞の記事「米で上場相次ぐSPAC 買収目的の「空箱」、2兆円調達 審査経ず、バブルの懸念も」によると、コロナ禍の影響によってIPOの手続きが進みにくい中、上場を目指す企業はSPAC経由の上場に期待を寄せていると言う。その一方で、SPACとの合併には「裏口上場」との批判があり、不正の温床になっているイメージもあるようだ。
過去、同様にSPAC上場が急増したのは2007年だった。当時の米国は住宅ブームに沸いており、株式も高値圏にあり、陶酔感で満たされていた。その後、2008年には市場の崩壊とともにSPACブームも崩れ去った。それから10年あまりが経ち、当時と同様、あらゆる資産が過大に評価されている中で、SPACブームが再燃している。
そしてもう1つのムーブメントは赤字企業によるIPOである。過去1年間におけるIPOのうち、利益を出していない企業は88社と、近年では最も多くなっている。過去1年間に公開された企業の創業から公開までの年数(中央値)はわずか5年である。人間に例えると5歳の子供がいきなり高校生や大学生、さらには社会人になるようなイメージだろうか。しかし時代の変化が早く、企業に対しても高い成長が求められる中、走りながら成長するといったスタイルが当たり前のようになってきているようだ。
ブルームバーグの記事「株式市場、今年は異例の供給過剰-相場の転換点を警告する声も」には、ナショナル・セキュリティーズのチーフ市場ストラテジスト、アーサー・ホーガン氏のコメントが掲載されていた。同記事によるとホーガン氏は、過去に見られたように投資家が手のひらを返すように慎重になる段階にはまだ至っていないとしながらも、「取引の数は歴史的な水準になっている」と指摘し、「上場すべきではない企業が上場しており、転換点は常にある」と述べたそうだ。
「雨後の筍」状態の米IPO市場、成長企業の見極めが必要
株式市場とIPO市場の盛り上がりを背景に、株式取引アプリ運営の米ロビンフッドもIPOを計画していることが分かった。ロイターの報道によると、上場規模は200億ドル、来年2021年の上場を目指し、ゴールドマン・サックスを主幹事として選んだという。
その一方、ロビンフッドは、米証券取引委員会(SEC)から、顧客の注文を超高速取引業者(HFT)に渡している事実を開示していなかったとして告発を受け、6500万ドル(67億円)の課徴金を支払うことで和解した。
無料で株式取引を手軽に始めることが出来るとあって、2020年、ロビンフッドは新たな投資家層を一気に取り込み、「ロビンフッド現象」を巻き起こした。ロビンフッドは無料で使える代わりに、「ペイメント・フォー・オーダーフロー」と呼ばれる仕組みで顧客の注文をHFTに回して受け取るリベートを主な収入源としている。このHFTを通すことで、ロビンフッドの顧客は知らずに他の証券会社に劣る価格で取引をしていたのである。しかもこの事実を顧客に明らかにしておらず、結果として、顧客には3410万ドル分の損失が生じたという。
「雨後の筍」のごとく新たな企業が登場している米国のIPO市場ではあるが、将来にわたり高い成長が期待できる企業もあるに違いない。今や世界屈指の企業となったアマゾンでさえ、当初は赤字を垂れ流しており、「アマゾンの株を買うなんてあり得ない」と言われていた時期もあった。
例えば、AIを使ったソフトウェアを提供するC3aiはどうであろうか。創業者のトム・シーベル氏は、2006年に自身が設立したシーベル・システムをオラクルに60億ドルで売却した経歴を持つシリアルアントレプレナー(連続起業家)である。顧客にはアストラゼネカや米空軍などが名を連ねている。
マーケットウォッチの記事「Opinion: This month’s hottest IPO isn’t DoorDash or Airbnb — it’s artificial-intelligence company C3.ai(オピニオン:今月のホットなIPOはドアダッシュやエアビーアンドビーではなく、AI企業のC3.ai)」によると、C3.aiの提供するサービスは、航空宇宙や防衛、通信、小売、公益事業などの幅広い分野に対応できるように設計されており、企業におけるAIの利用価値を高めるための時間を大幅に短縮することが可能だと言う。
SaaS(Software as a Service)アプリケーションとして機能しており、マイクロソフトやアドビ(ADBE)とパートナーシップ契約を結んでいるが、アマゾンのAWS(アマゾンウェブサービス)、IBM(IBM)やグーグル(GOOGL)のクラウドなどにも柔軟に展開することができる。
C3aiを取り巻く環境において最もエキサイティングなのは、AI市場が持つ可能性であろう。2020年の獲得可能な市場規模は1740億ドルで、2024年までには2710億ドルに成長すると予測されている。
その他、ペイパル(PYPL)の共同創業者マックス・レブチン氏によって2012年に設立されたAffirm(AFRM)や独自のゲームを作成するためのプラットフォームを提供しているRoblox(RBLX)などもこれから上場が予定されている。
第2のアマゾンやマイクロソフト、グーグルになるような企業はあるのか。常に新たな企業が誕生し、市場が活性化していくことは米国株式市場のダイナミズムにもつながっている。IPOラッシュは2021年も続くと予想されている。50億ドル以上の価値を持つ70社以上を含む数百社の大規模なスタートアップがまだ機会を伺っていると推定されている。このスーパーサイクルは2021年にかけても続くだろう。2020年は、コロナ禍という地球規模の試練を通じ、ハイテク企業の影響力が改めて認識される1年となった。
石原順の注目5銘柄
今回は、ハイテクスタートアップの元祖であるアマゾンとマイクロソフト、そして直近IPO銘柄2銘柄を取り上げる。