コロナ禍に伴う非常事態から少しずつ日常が戻ってきました。とはいえ、東京ではまだまだ確認感染者数の収束に時間を要しているなど、引き続き気を緩めてよい状況にはありません。また、徐々にではありますが、コロナ禍を機に着実に我々の社会行動様式が変わってきているのではと感じています。

日経平均株価も23,000円を回復した後は流石に一旦調整局面を迎えることとなりました。急ピッチでコロナ前の水準を90%超まで回復しましたが、今後行動様式の変化の浸透に伴うであろう産業構造の変化に照らし合わせれば、やはり株価の急激な上昇は行き過ぎであったのかと受け止めています。

産業構造の変化は、それを追い風に急成長する企業も輩出させますが、一方で対応が遅れた企業の衰退も発生させます。調整局面後の株式市場は、これらの見極めを冷静に進めていくものと考えています。

PERと業績動向とを絡めて俯瞰する

さて、今回の「アナリストが解説、会社四季報データ」では、引き続き「異業種他社比較」について考えてみたいと思います。前回のコラムでは、評価軸の異なる異業種の比較には、バリュエーションを本質的に活用することが一つの手段であると解説しました。

バリュエーションの代表格であるPERで考えた場合、その数字(マルチプル)だけを単純に見るのではなく、利益成長の期待値として業績動向と絡めて俯瞰することで比較するということです。

利益の成長ピッチとPER水準は比例関係にあるという基本的なアプローチを用いることで、業界は異なっていても数字で投資魅力度の比較ができるのです。とはいえ、これらの考え方は理論的ではあるものの、やや観念的過ぎて分かり難いのもまた本当のところでしょう。そこで今回は、具体的な例をあげながら、もう少しこの考え方について解説を加えてみたいと思います。

例えば、高い収益力を誇る電子部品大手のキーエンス(6861)と、国内百貨店の雄である三越伊勢丹ホールディングス(3099)を比較してみましょう。流石にプロの機関投資家もこの2社を直接的に比較することはまずないと思います(笑)。ですが、だからこそ極端な例として、ここでは敢えて両社の投資魅力度について比較を試みたいと思います。

一見魅力的な三越伊勢丹、しかし業績面ではキーエンスに軍配

まずは会社四季報で基本となる数字を確認しておきましょう。2020年春号を見ると、キーエンスの今期予想PERは39倍、三越伊勢丹ホールディングスの今期予想PERは28倍となっています。単純比較をすると、キーエンスは割高に買われているように見え、投資魅力度は三越伊勢丹ホールディングスに軍配が上がるように思えます。

では、利益の成長ピッチを絡めて比較してみるとどうでしょうか。会社四季報で確認してみると、直近3期の年平均経常利益成長率は、三越伊勢丹ホールディングスが5.7%のマイナス成長、キーエンスは6.6%のプラス成長となっています。さらに今期の見通しを見ると、キーエンスは12.5%の増益見通し、三越伊勢丹ホールディングスは4.3%の減益見通しとなっています。

なお、ここでは便宜上会社四季報春号の数字で議論を進めますが、実際にはこの間に決算発表があったため、この数字は最新のものとは言えなくなっています。実際の投資判断には必ず最新の数字を確認するようにしてください。

これらを見る限り、業績面ではキーエンスの方に軍配が上がります。前回のコラムでも触れましたが、PERは利益の成長期待を数字化したものでもあります。つまり、高い利益成長を実現しているキーエンスは、その分期待も大きく、結果として高いPERが設定されていても不自然ではない、と考えることができるのです。PERの数字だけを見るとキーエンスは割高に見えましたが、利益動向と絡めてみればむしろそれは当然とも言えるでしょう。

東証1部平均との比較で乖離具合が見えてくる

単純比較ができない以上、より踏み込んでPERの水準を検証してみる必要があります。ポイントは、「成長ピッチとPER水準は比例関係にある」という点です。ただし、2社比較では、どちらがその比例関係から乖離しているかを考えることは不可能です。

そこで、ここでは東証1部平均の予想PERを一つの基準に用いて考えてみましょう。東証1部平均の予想PERは日経新聞の市況欄に毎日記載されていますのですぐに確認ができます。直近ではおよそ22倍というところです。現在はコロナ禍で市場全体の今期予想増益率は計算できない状況にありますが、少なくとも2020年度上期はかなり厳しく、通期減益かもしれないというのが一般的な見方ではないでしょうか。

そういった厳しい見通しが前提にあるとして、キーエンス、三越伊勢丹ホールディングス、東証1部平均、それぞれの利益成長率とPERを並べて比較してみると、比例関係からの乖離具合が見えてくることでしょう。PERという一つの切り口で利益傾向の異なる業種を比較するには、こういった視点を使うことである程度定量的に見比べることができるのです。

さて、異業種比較はなかなか奥が深いので、具体例を示しながら、次回ももう少し解説を続けてみたいと思います。