航空株急落でバフェットはどのくらいの損失を被ったのか?
今月初め、ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイが、保有する米航空会社のデルタ航空株(ティッカー:DAL)とサウスウエスト航空株(ティッカー:LUV)の一部を売却したことが明らかになった。新型コロナウイルスの感染拡大で株価が急落した2月下旬にはデルタ航空株をいったん買い増していたが、その後、約1ヶ月で売却し方針を転換した。
バフェットの投資哲学の根幹は、目先の株価にとらわれることなく、企業の本質的価値見定めることにある。現在の価格がその本質的価値よりも安い場合は投資を行い、じっくりとその株が本来の価格に値上がりしていくのを待つバリュー株投資である。気に入った銘柄を基本的には「永久に保有する」のがバフェット流。もちろんこれまでにも投資判断を誤り、保有株を手放したケースはあったようだが、今回ほど短期間で「買い」から「売り」に転じたのは珍しいと言う。
デルタ航空の約1300万株(保有株に対する割合は18%)を合計で約3億1400万ドル、サウスウエスト航空の約230万株(同じく4%)を約7400万ドルで売却したが、これらの売却でどれくらいの損失を被ったのか、公表されている2019年末時点の投資ポートフォリオから推測してみると以下の通りとなる。なお、これらの売却には2月下旬の追加取得分は含めないものとする。
【売却の詳細】
デルタ株の1300万株(18%)を3億1400万ドルで売却
サウスウエスト株の230万株(4%)を7400万ドルで売却
【今回の売却分に相当する投資コスト】
デルタの投資コスト 31億2500万ドル×18%=5億6250万ドル
サウスウエストの投資コスト 19億4000万ドル×4%=7760万ドル
【売却額-投資コスト】
3億1400万ドル−5億6250万ドル=▲2億4850万ドル(損失)
7400万ドル−7760万ドル=▲360万ドル(損失)
それぞれ大きな損失ではあるが、2019年末時点での投資ポートフォリオ全体のリターンは約124%、昨年末から株式市場が3割下落したことを考慮しても全体ではしっかりと利益を確保できていると考えられる。急旋回による航空会社株の売却は、関連業界を取り囲む環境がそれだけ危機的な状況にあると言うことも示唆しているだろう。一度保有した株は長く保有すると言われているが、相場の世界も変化に対応したものだけが生き残る、環境変化には速やかに対応することが重要だ。
投資家必読!バフェットの年次書簡
毎年度末、決算資料とともにウォーレン・バフェットによるバークシャー・ハサウェイの株主へ宛てた年次書簡(To the Shareholders of Berkshire Hathaway Inc.)が公開される。この年次書簡にはバフェットが株式市場をどのように俯瞰し、今後どのような投資行動をとるのか、それらを探る参考になるもので、投資家必読のレターである。2019年度末の年次書簡には以下の記述があった。
私たちが言えることは、現在の金利に近いものが今後数十年にわたって続き、また、法人税率も現在の低水準である場合、間違いなく株式投資のパフォーマンスは固定金利の債権に比較して長期ではるかに良くなるということです。
このバラ色の予測には警告が伴っています。明日、株価に何が起こるかわかりません。時折、市場の大幅な下落、おそらく50%以上の規模の下落があります。しかし、昨年私が書いた「The American Tailwind(追い風を受ける米国)」と、スミス氏が述べた複雑な不可思議の組み合わせは、金を借りず、自分の感情を抑制できるものにとって、株式投資が長期投資として優れていると示すでしょう。
今回の市場の混乱を予見していたのであろうか、「50%以上の下落もありうる」と述べている。その一方で、現在の金利や法人税率の環境下においては、債券に比べて株式のパフォーマンスが長期的に良いと指摘しながらも、この年次書簡とともに公表されたバークシャーの2019年期末時点のキャッシュポジションは1280億ドル(約14兆2千億円)と、前期比で約14%増、期末時点では過去最高であった。
バフェットは2008年からの金融危機の前にはデリバティブと住宅市場について警鐘を鳴らしており、当時、バークシャーのキャッシュポジションは今回同様、高水準に積み上がっていた。2007年度末の年次書簡の一部を見てみよう。
2003年にシリコンバレーを走っていた車のバンパーに貼られていたステッカーを思い出したかもしれない。そこには、「神様、どうか、もう一度だけバブルを」と書かれていた。残念ながら、この願いはすぐに叶ったが、全ての米国人が住宅価格は永遠に上昇すると信じていたのも同様であろう。この確信によって、借り手の収入と保有する現金のバランスは、貸し手にとっては重要ではなく、住宅価格の上昇が全ての問題を解決してくれると思わせた。
今や、米国は、その誤った確信のために広範囲にわたる痛みを経験している。住宅価格が下落するにつれて、金融業界における愚かさが次から次へと露呈されている。われわれは、潮が引いたときに誰が裸で泳いでいたのかを知ることになるだろう – 大手金融機関のいくつかで目撃している光景はひどいものである。
複雑なデリバティブと信用力の低い借り手に対する野放図な住宅ローンによって、米国の金融システムは危機的な状況まで追い詰められていた。しかし、こうしたタイミングで強固なバランスシートを確保していたバークシャーはゴールドマン・サックス(ティッカー:GS)やバンク・オブ・アメリカ(ティッカー:BAC)のような銀行株に投資を行い、結果として大きなリターンを得ている。
同様に危機的状況にある現在、高いキャッシュポジションを維持しているバークシャーがここでどのような投資を行うのかについての憶測が飛び交っている。CNBCの記事「‘Frozen’ companies are not calling Berkshire Hathaway for rescue investments, Charlie Munger says(チャーリー・マンガーは言う 「凍りついた」企業はバークシャー・ハサウェイに救済投資の電話をかけてきていない)」によると、バークシャーの副会長でバフェットのビジネスパートナーであるチャーリー・マンガー氏がウォールストリートジャーナル紙のインタビューで次のように語った。
「誰もが凍った。そして、電話は鳴っていない(まだ依頼は来ていない)。航空会社を考えてみろ。彼らは一体何が起きているかわかっていない。彼らは今までこんなことを見たことがない。彼らのプレイブックにはこんなことが起こるということは書かれていなかった」
新型コロナウイルスの感染拡大によって多くの企業がショックに見舞われ、誰もが次に何が起きるのかわからなくなっているが、バークシャーにはそうした企業幹部から資本を注入してくれという依頼はまだないと話した。また、バフェットは10年以上前の金融危機の中でゴールドマン・サックスやバンク・オブ・アメリカのような金融機関にそのような投資をしたが、マンガー氏は「今回は慎重だ」と述べた。
株価が大きく下げたからといって、そこで下げ止まると安易に思うのは間違いで、さらに下落することはざらにある。株価が下がりきったポイントで買いたいと思うのは投資家心理であろうが、実際に大底を捉えることはほぼ不可能である。危機が起きればどのセクターもどの銘柄も決して安全とは言えない。危機の時こそバフェットのような長期的視点が有効になろう。
急落相場の中、バフェットの投資リターンは?
改めてここでバークシャーの投資ポートフォリオを確認してみよう。先ほどご紹介した「2019年末時点の投資ポートフォリオとそのリターン」から足元の投資リターン(2020年4月17日時点)を推計した。なお、保有株の一部を売却したデルタ航空とサウスウエスト航空については売却分を考慮せずに推計した。また、「その他」については推計ができないため省略させていただいた。
市場の混乱によって12月末に比べて概ね投資リターンは減少している。しかし、チャーター・コミュニケーションズ(ティッカー:CHTR)とムーディーズ(ティッカー:MCO)の2銘柄は株価が上昇しており、12月末に比べて投資リターンは上昇している。金融セクターと航空会社は投資リターンがマイナスに転じており、早い段階で一部を損切りしたのは納得だ。一方、アメリカン・エキスプレス(ティッカー:AXP)やコカコーラ(ティッカー:KO)、またビザ(ティッカー:V)などはこの混乱の中でもしっかりとしたリターンを確保している。
最後に先程のインタビュー記事にあったマンガー氏の言葉で締めくくろう。
「われわれは最悪の台風が来たときの船の船長のようなものだ」
「まずはこの台風を乗り越えたい、潤沢な流動性を持ってこの嵐をなんとか抜け出したい」
石原順の注目5銘柄
2019年5月にはバークシャーがアマゾン株に初めて投資したことが明らかになった。最高値を更新中。
日々の相場動向については、ブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。