事件の帰結と余波 

ここまで、ソレイマーニー司令官殺害に至る背景や動機についておおまかな説明を行ってきた。つまり彼はイランにおける最重要人物の一人であり、また米国やイスラエルにとってはきわめて危険な人物であったということである。

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それでは、なぜ「今」、殺害計画は実行に移されたのだろうか。残念ながらその理由が詳らかにされることは今後もないだろう。だが、本年11月に予定されている大統領選がトランプ大統領の念頭にあったことは間違いない。

イラクにおける米軍関連施設が攻撃に晒されるなかで強気の姿勢をアピールしたいという気持ちもあったであろうし、そもそも歴代大統領がやりたくてもできなかったことを実行してみせるというのはトランプ大統領の基本的な政治スタイルでもある。イラン核合意からの離脱の動きなども含めて、「オバマ政権の成果を否定したい」という動機もあったであろう。

また、ウクライナ疑惑などで揺れるトランプ大統領がそうした問題から国民の目を逸らす必要があると考えた可能性も否定できない(なお、国際紛争・国家危機に際しては政府への支持が一時的に急上昇する傾向があり、これは政治学の世界では《Rally-round-the-flag-effect:旗下結集効果》として知られている)。

1月3日にソレイマーニー司令官が殺害された際には両国間での報復の応酬がエスカレートしていく可能性も指摘されたが、それからおよそ10日が経過した今日の時点で(イラク国内の米軍基地に対する散発的なミサイル攻撃は見られるものの)両国間の直接的軍事衝突という最悪の事態はとりあえず回避されたとみてよいであろう。

両国共に声明やtwitterなどで緊張のエスカレートや戦争を求めていない旨を明確にしている。両国政府共におそらくこのあたりで「手打ち」をする意向であろう。

結果的に今回の一件で、米・イラン両国政府は共に失ったものより得たものの方が大きかった。というのも、イラン政府は昨年末以来、ガソリン価格値上げに端を発する(ロイター通信によると「革命体制の過去40年間で最大」の)大規模な抗議デモに悩まされており、治安部隊による過剰な武力鎮圧が多数の死傷者や逮捕者が出ていることも明らかになっていた。

そうしたなかで今回の事件が発生し、ソレイマーニー司令官という「英雄」を失ったダメージはたしかに小さくなかったものの、逆にそれによって国民を「反米」に向けて一致団結させることに成功し、そして深刻な政治不安から国内外の目を逸らすこともできた(ウクライナ機をミサイル誤射で撃墜した1月8日の事件はこうした展開に水を差すものであったが…)。

全面戦争へとエスカレートしないギリギリの強度で実行した反撃により(イラン側は表向きは「強烈な報復」を行ったと強弁したが)、体制としてのメンツも守ることもできた。

他方でトランプ政権側にとっても、大規模な軍事衝突を回避しつつも「強い政権」を印象付けることにも成功し、国内問題から世間の目を逸らせ、再戦に向けた追い風を生み出すことにも成功した。「結果オーライ」と言っては言い過ぎであろうが、今回の件は両国政府にとってまさに「怪我の功名」であった。

原油市場の動き

また、こうした中東情勢の緊迫化を受けて、1月8日の原油市場ではニューヨーク先物価格が時間外で一時1バレル65ドルを上回り、昨年4月以来の高値を付けることとなった。

 

ただ、それ以降、事態が鎮静化の方向に向かう見通しが高まったことから価格上昇は一時的なものにとどまり、1月12日の段階で事件前と同水準の1バレル58ドル台後半にまで値下がりした。一昔前であれば大幅に荒れたであろう原油市場が今回は鈍い反応しか示していない背景には、近年の原油市場における中東の存在感の低下がある。

米国ではこの10年ほどのあいだに非在来型のシェール・オイル開発が急ピッチで進み、昨年9月には月間ベースで47年ぶりに石油の純輸出国となった。

その他、カナダやロシア、中南米なども生産を増やしており、原油市場では近年、世界的に見て供給が過剰気味だ。それゆえ市場は、中東の石油生産が一時的に減少してもそのショックを十分に吸収できる状態にある。

昨年9月のサウジアラビア石油施設への無人機攻撃の際にも、同国の生産能力の半分(日量570万バレル、世界需要の日量1億バレルの6%弱に相当)が一時的に損なわれ、価格は15%程度上昇するも、その分は供給余力と備蓄で補填できるとの見方が広がるにつれ市場はほどなく落ち着いていった。

ただし、そうは言っても我が国が石油輸入の9割弱を中東に依存している状況に変化はないし、今後もしばらくは変化しなさそうだ。今回はさほどの影響はなかったとはいえ、トランプ政権の対中東政策には常に大きな不確定性が伴うため、中東情勢と原油市場の行方について楽観視は禁物であろう。