12月1日に欧州委員会委員長に就任するフォンデアライエン前独国防相は、気候変動政策を最優先課題としており、就任後100日以内に「欧州グリーン・ディール」政策を打ち出すことを表明している。今回は新体制下の欧州連合(EU)の気候変動政策が直面する政治的問題について述べる。

野心的目標が掲げられた背景

フォンデアライエン氏は今年7月の欧州議会において、「2050年にネットゼロ」とするCO2排出削減目標の達成に向け、以下のような野心的な公約を掲げた(図表1)。

【図表1】フォンデアライエン新欧州委員長の公約(気候関連)
出所:フォンデアライエン氏の演説(2019年7月16日)の内容をもとに丸紅経済研究所作成

同氏が野心的な公約を掲げた背景には、今年5月の欧州議会選挙での環境派「緑の党」の躍進にみられるように、EU市民の気候変動に対する関心の高まりがある。ドイツでは、この数年で同党の支持率が急上昇し、現在は連立政権の一躍を担う「社会民主党(SPD)」を抜いて第2位となっており、将来的には連邦レベルの連立に加わる可能性がある。

このように、主要国を中心に気候変動が超党派的な政策課題となっているほか、欧州議会において、フォンデアライエン氏が委員長に指名された人事案の議会承認を取り付けるために、野心的な気候変動対策を主張する中道左派勢力の支持を得る必要があったという事情もある。

3つの政治的課題

フォンデアライエン新体制下で気候変動政策を巡る議論がいっそう加速することが見込まれるものの、その具体策の実現には以下のような政治的課題が存在する。

(1)東欧加盟国からの反発

チェコ、エストニア、ハンガリー、ポーランドの4ヶ国は、「2050年にネットゼロ」の目標の合意に反対している。この4ヶ国は、電源構成に占める火力発電の割合が高く、産業構造の転換に伴う経済的コストが大きいため、EUからの補助金の増額なしには簡単に合意に応じない。

フォンデアライエン氏の公約にある「公正な移行基金」は、こうした移行コストの軽減を目的としたものである。しかし、英国のEU脱退後の予算確保の問題や、EUの基本原則の順守(法の支配など)と補助金の分配を連動させるべきとの議論があるなど、先に解決すべき問題がある。

また、EU内の重要事項の法制化は欧州理事会での全会一致などを必要とするものもあり、反対国の合意を取りつけられなければ政策の実現を阻む障害になる可能性もある。

(2)「国境炭素税」が抱えるジレンマ

フォンデアライエン氏が公約に掲げた国境炭素税とは、国内(域内)の炭素価格に連動する形で海外(域外)からの輸入品に対して追加の関税・課徴金などを上乗せする国境調整制度である。世界におけるEUのCO2排出量シェアが現在は約10%、今後さらに低下することが見込まれる中で、EU単独で野心的な政策を実施しても排出削減効果は乏しい。

そうした中で、国境炭素税が将来的にEUのみにとどまらず、域外の国々も巻き込んだ全員参加型の枠組みへと拡大することが期待される。しかし、制度設計次第では世界貿易機関(WTO)のルールに抵触する可能性が指摘されている。

保護主義の高まりが懸念される中、実際に米中間で起こっているとおり、貿易品に関税を上乗せされた相手国が対抗措置として制裁関税を発動する懸念があり、国境炭素税は自由貿易主義と気候変動対策のジレンマに陥る可能性がある。

(3)ポピュリズム台頭の懸念

ポピュリズムは、格差拡大に伴う市民の不満を既成の政治勢力(エリート)や難民・移民に向けさせ、反エリート感情やナショナリズムをあおる特徴がある。野心的な気候変動対策が導入されれば、炭素税の導入・引き上げによる国民の負担増大や産業構造転換に伴う失業の発生によって、EUや各国の指導部に対する不満の声が一部で上がりやすくなる。

実際、フランスではマクロン大統領が気候変動対策と財政再建の一環として燃料税の引き上げを掲げたものの、抗議デモ「黄色ベスト運動」の発生によって2019年内の引き上げを断念し、代わりに政権への反発を鎮静化するために減税に踏み切ったことは記憶に新しい。

懸念されることは、難民危機(2015年)の次は気候変動問題がポピュリズム台頭のトリガーになり、急進的な対策の必要性を主張する国・市民とそれに対する反対派の政治的分断を深めるかもしれないということである。

以上のとおり、環境分野のフロントランナーであるEUは、今後フォンデアライエン体制の下で野心的な気候変動政策を実施すると同時に、域内の格差や財政の問題、保護主義のリスクなどの諸問題にも対処する必要があり、多国間協調枠組みの真価が問われる正念場を迎えることになるだろう。

 

コラム執筆:堅川 陽平/丸紅株式会社 丸紅経済研究所