株式市場でもイールドハンティング(利回り追求)の動きが加速

債券金利の低下が世界的に加速している。米国では30年債の利回りが初めて2%を下回った他、長短金利の利回りが逆転する「逆イールド」も示現し、近い将来リセッションに入るのではとの警戒感が高まっている。

利回りの低下は米国だけの現象ではない。欧州の中でも、比較的経済がしっかりしていて信用度の高いドイツでは、30年物利回りが過去最低を更新し、全ての年限の国債のイールドがマイナス圏に突入した。

世界のマイナス利回りの債券残高は、時価総額で1年前の倍以上に膨らみ、17兆ドルに迫る状況にあるという。

世界的な景気減速懸念や、主要国における金融緩和観測等を背景に「イールドハンティング(利回り追求)」の動きが加速している。それにより、世界の投資マネーがより高い利回りを求めて主要国の債券市場に流入し、「超」加熱状態が引き起こされている。市場参加者はこの熱狂をどのように捉えているのだろうか。

AMPキャピタル・インベスターズのダイナミックマーケッツ責任者、ネーダー・ナエイミ氏は「世界はリセッションに向かっている。中央銀行にはこれに対抗する手段があまりない。貿易戦争からの甚大な衝撃は中銀がしていることの効果を基本的に打ち消してしまった。イールドカーブが告げているのはこのことだ」と語った。

トロント・ドミニオン銀行の世界戦略責任者、リチャード・ケリー氏は、資金の預け先となるプラス利回りの資産が世界的にますます減少する中で、米国の債券市場は資金の避難先となっていると指摘。「この時点の逆イールドは、米国が向こう1年にリセッション入りする確率が55-60%だと警告している」と述べた。

リセッションがやってくると予想するマクロヘッジファンド、アンサンブル・キャピタルの最高投資責任者(CIO)、ダミアン・ロー氏は、「貿易を巡るこれまでのドタバタ劇を見る限り、リセッションを防げるかどうかはホワイトハウスとトランプ氏次第だ」との見方を示した。


(出所:ブルームバーグ2019年8月14日「米30年債利回りが初めて2%下回る、2年・10年逆イールドも再出現」)

債券市場における異常なまでの利回りの低下をにらみつつ、株式市場はトランプのツイッターにも翻弄され、ボラティリティの高い不安定な展開となっている。

株式投資で利益を得る方法は「キャピタルゲイン」と「インカムゲイン」の2つであるが、現在のような環境下において相対的に優位性が高まってくるのが、配当に注目した「インカムゲイン」であろう。

米国株と言えば、アルファベット(グーグル)やアップル、アマゾン等、高成長であるハイテク企業のイメージが強く、この30年にわたって株価が何百倍にも拡大してきたことがその魅力としてクローズアップされてきた。

これまで続いていた米国市場の最長拡大局面においては、高成長と言われる銘柄に投資をし、その値上がり益を享受する「キャピタルゲイン」が王道であった。しかし、現在の環境において投資家の見る目も変わってきているようだ。

株式市場で奇怪さが強まる今、投資するのに最適な企業は2つのグループに分かれる。一つは経済の変化にあまり縛られない銘柄群、もう一つは配当利回りが高いものだ。金利は非常に低い上に、中央銀行は消費者物価がいつ上向くのか確信を持てず、英国は数年ぶりのマイナス成長、ドイツの債券は30年物まで利回りがマイナス。そして、米経済の4-6月の成長率は前期比年率2.1%と、1-3月の同3.1%から鈍化した。

この奇妙な状況の下、バンク・オブ・アメリカのストラテジストらは4銘柄を「特異な成長株」と見なし、別の4銘柄を「堅実な高利回り株」とした。米経済紙バロンズが8月12日号で伝えた。

・アマゾン・ドット・コム(AMZN)のフリーキャッシュフローは3年間で2倍以上になる見込みで、割高な株価の説明になる

・クラウドネットワーク企業のアリスタネットワークス(ANET)は今年の1株当たり利益が21%増える見込み

・不動産投資信託のエクイニクス(EQIX)は向こう数年間、収入が毎年10%増加の公算

・メルク(MRK)の肺がん治療薬「キイトルーダ」には年200億ドルという長期の潜在性があり、これは昨年の70億ドルを大きく上回る

・ブロードコム(AVGO)は配当の支払いに必要な規模の2倍以上のフリーキャッシュフローを生んでいる

・ターゲット(TGT)は小売業界の中で最も恩恵を受ける立ち位置にあり、ゴールドマン・サックスによれば、今年の売上高は容易に75億ドルに達しそう

・ベライゾン・コミュニケーションズ(VZ)の配当利回りは4.3%で、フリーキャッシュフローも潤沢

・民間会社として北米で最大の森林地所有者、ウェアーハウザー(WY)は強力なフリーキャッシュフローを持つと、4月に同社の投資判断を「オーバーウエート」に引き上げたスティーブンスのアナリスト、マーク・コネリー氏は指摘

バロンズによると、「収益の王者」はシャーウィン・ウィリアムズ(SHW)、ツイッター(TWTR)、コルテバ(CTVA)、ノースロップ・グラマン(NOC)、トランスダイム・グループ(TDG)で、これら5銘柄は全てウォール街の期待を上回っている。

(出所:ブルームバーグ2019年8月13日「奇怪さ強まる米国株市場、投資にお勧めの8銘柄」)

配当貴族指数と配当貴族銘柄

「配当貴族指数」をご存知だろうか。この指数は、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが算出している株価指数のことで、S&P 500の構成銘柄のうち25年間連続して毎年増配している優良大型株のパフォーマンスを測定したものである。

そもそも株式の配当は、企業があげた利益の一部を株主に還元するものであり、その配当は企業の業績に左右される。そのため、連続して増配を続けている企業や配当利回りの高い企業はより安定していると見なされ、相場が大きく変動する際には優位性が高まる傾向にある。

S&P 500指数と配当貴族指数を比較すると、概ねS&P 500をアウトパフォームしていることがわかる。

出所:S&Pグローバルのホームページより

では、指数を構成する銘柄にはどんな企業が含まれているのか。いわゆる配当貴族と呼ばれる銘柄は約50社あるが、USニュースの以下の記事から、連続増配年数と配当利回り上位20社をまとめた。なお、配当利回りについては記事が書かれた2019年3月時点のものであることをご承知願いたい。

>>54 Elite Dividend Stocks With Unreal Track Records - US News

●連続増配年数と配当利回り上位20社

出所:筆者作成

生活必需品や資本財、またヘルスケアを中心にグローバルに事業を展開している企業がランクインしている。

半世紀以上にわたって増配を続けている企業は15社。連続増配63年でランキングトップのドーバーは、通信、ライフサイエンス、航空宇宙、エネルギー産業向けに通信機器や部品、石油・ガス掘削用のドリルを製造し、さらには業務用キッチンやごみ収集車まで手がける総合工業製品メーカーである。年間の売上高は約70億ドル、2万人以上の従業員を抱える大企業である。

また、われわれに馴染みのあるP&Gや3Mと言った企業も60年余りにわたって配当を続けている。

●高配当利回り上位20社

出所:筆者作成

一方、高配当利回りランキングのトップはAT&T。7%近い利回りが際立っており、35年にわたって増配を続けている。

ランキングには、ターゲットやキンバリークラーク、ペプシコやコカコーラといった、生活必需品が多いのも特徴としてあげられる。

その他、電力、ガス事業を展開するコンソリデーテッド・エジソンの利回りは4%近い。コンソリデーテッドはニューヨーク市やニュージャージー州のように人口が密集している地域に電力やガスを供給しており、前期(2018年12月期)の売上高は120億ドルを超えている。

なお、「連続増配年数と配当利回り」と「高配当利回りランキング」上位20社ランキングの両方に入っている企業は下記の8社である。

1.イリノイ・ツール・ワークス
2.エマソン・エレクトリック
3.コカコーラ
4.ジェニュイン・パーツ
5.ターゲット
6.フェデラル・リアルティ・インベストメント・トラスト
7.プロクター・アンド・ギャンブル
8.レゲット・アンド・プラット

9月に上場見通しの「WeWork」、その驚くべき赤字額

ところで、米国のオフィスシェア大手「WeWork(ウィーワーク)」の運営会社であるウィーカンパニーが米証券取引委員会(SEC)に上場目論見書を提出し、ウィーワークが9月にも上場する見通しとなった。以前より年内の上場は想定されていたが、今回明らかになったのはその驚くべき赤字額の大きさであろう。

日本経済新聞によると、2018年12月期の最終赤字は16億1000万ドルとほぼ売上高(18億2000万ドル)に匹敵する規模に赤字が膨らんでいる。直近(2019年1~6月期)においては、売上高は前年同期と比べ約2倍の15億3542万ドルに増えた一方、最終損益は6億8967万ドルの赤字だった。売上高は急拡大しているものの、赤字傾向は変わらずと言ったところである。

今年上場を果たしたユニコーン銘柄のいくつかに共通するのは、赤字であるにも関わらず上場時のバリュエーションが非常に高いと言うことだ。

ウーバーやリフト等、収益化への道のりが遠い赤字体質の上場銘柄に対する市場の目は厳しくなっている。ウィーワークの運営会社であるウィーカンパニーの売上の大半を占める賃料収入は景気動向の影響を受けやすい。今後、景気減速懸念が強まり、不動産市況が大きく変動するようなことがあれば、直近で約5兆円とされている企業価値にビッグクエスチョンがつくことは間違いないだろう。

ウォートンの魔術師ことジェレミー・シーゲルペンシルバニア大学教授の著書『株式投資の未来―永続する会社が本当の利益をもたらす』(日経BP)の内容が、まさにいまの相場に向かうためのスタンスを示してくれている(以下、要約して一部引用)。

投資家はハイテク銘柄をはじめとして新興銘柄を過大に評価し、これといって話題性のない銘柄を無視する傾向にある。技術革新の先端を行き、経済成長を牽引する企業こそ、投資家に卓越したリターンをもたらすという通念の間違いを説明するのに「成長の罠」という言葉を使った。成長の罠は個別企業だけではなく、市場のあらゆるセクターやグローバルマーケットで同様の傾向がみられるとしている。

そして、成長の恩恵が流れ込む先は個人投資家ではなく、開発資金を出したベンチャーキャピタルやIPOを仕切った投資銀行等であり、新たなテーマに熱狂して話題の銘柄に手を伸ばす投資家はそのたびに過大な値段を支払わされる。個人投資家は世界経済を牽引する輝かしい成長の分け前にあずかるつもりで、実際には損を引き受ける仕組みとなっていると。

一方で配当は歴史を通じて株主リターンの圧倒的な源泉であり、配当利回りが高い企業ほど投資家にもたらすリターンも高い。株式が卓越したリターンを生む上で配当がなくてはならないのはそれが信頼の印となるからである。公表されている決算にあいまいな部分があるのは確かであるが、配当が支払われることによって、投資家に対して決算が間違いなく黒字であることが示される。現金配当をもらえれば間違いはないし、配当をごまかすことは会計上、非常に困難だからである。

配当にはリターンを押し上げるだけではなくもう一つの働きがある。それは下落相場で投資家を保護する働きである。市場全体が下落する局面では株価が値下がりする。そうなると配当利回りは上昇する。この仕組みが実際には米国の株式市場が最悪の局面を乗り越え、さらに成長しているメカニズムであると。過去10年、キャピタルゲインがもてはやされ配当は冷遇されてきた。株式のリターンを長期的に調べれば配当がいかに大切かは良くわかる。配当は下落局面で投資家を保護するだけではなく相場が一度回復に向かうとリターンを力強く押し上げる。

高成長銘柄の影に隠れ、これまで目立たない存在であった連続増配、高配当利回り銘柄であるが、こうした地味ではあるものの底力のある銘柄が多数上場していることも米国株式市場の層の厚さであり、その強さの理由であろう。

石原順の注目銘柄

AT&T (ティッカー:T)NYSE <逆張り>

出所:筆者作成

プロクター・アンド・ギャンブル(ティッカー:PG)NYSE <逆張り>

出所:筆者作成

スリーエム(ティッカー:MMM)NYSE <逆張り>

出所:筆者作成

ターゲット(ティッカー:TGT)NYSE <逆張り>

出所:筆者作成

コカコーラ(ティッカー:KO)NYSE <逆張り>

出所:筆者作成

 

日々の相場動向については、ブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。