公害などマイナスの外部性に厳しい目

「外部性」とはある主体の経済行動が他者(特に直接の当事者でない第三者)に影響を与えることとされる。その影響が市場を経由する(市場価格を持つ)ものを「金銭的外部性」、市場を経由しない(市場価格を持たない)ものを「技術的外部性」という。

例えば高速道路に新しいインターチェンジを建設した結果、その周辺の地価が上昇すれば、それは土地所有者にプラスの金銭的外部性がもたらされたことになる。一方、インターチェンジ付近で渋滞が発生し、周辺の大気汚染が深刻になれば、それは周辺住民にマイナスの技術的外部性が及んだことになる(※1)。

特に問題視されるのはマイナスの外部性で、その代表は例示したような公害だ。企業が汚染物質を環境に放出し、健康被害や生態系の破壊を招いた過去の事例は数え上げればきりがない。

こうした公害がもたらす負の外部性(社会的コスト)は、被害者が補償を求めたり、行政が企業負担を伴う汚染防止対策を強いたりすることで初めて経済的価値として可視化されることが多かった。もっとも、外部性を正確な経済的価値に置き換えるのは困難なため、企業の金銭的負担はしばしば真の社会的コストを下回ってきたと推測される。

しかし、気候変動問題にまつわる近年の動きは、企業が自らの事業活動に起因する負の外部性をより緻密に検証し対策に取り組まなければ、従来の想定をはるかに上回るリスクを負う危険性を示唆している。

経済的動機に根ざし、民間が自発的に取り組みを深める

2016年のパリ協定以降、顕著さを増している傾向がある。それは、これまで温暖化対策はおおむね政策主導だったが、民間の銀行や投資家、保険会社などの間で化石燃料ビジネスに対するサービス(投融資、保険付保など)を抑制・停止する動きが広がっているということだ。

さらに重要なのは、それが単に社会的要請を意識した受け身の行動ではなく、自らの利益を守るという経済的動機に根ざした自発的なものであることだ。

温室効果ガスが地球温暖化を加速させ、気候変動を増幅させるという気候科学(Climate Science)はほぼ世界的に定着している。トランプ大統領があからさまな不信感を示している米国でさえ、7割以上の国民がこの因果関係を信じているという(同じ調査ではほぼ同じ比率の国民がパリ協定離脱に反対している)。

この定説が正しいなら、温室効果ガス排出が生み出す負の外部性はすでに膨大な経済的価値の毀損として現れていることになる。気候変動の激化に伴い、自然災害は多発化、大規模化の傾向を強めているからだ。

こうした想定は銀行や保険会社の経営にどのような含意を持つのか。開発資金を融資する銀行から見れば、外部性の再評価で将来起こりうる変化(排出規制の厳格化、高率の炭素税、排出権価格の高騰など)は融資先の返済能力を低下させる懸念材料になる。

より高いプレミアム(上乗せ金利)を要求しファイナンスを続けることも考えられるなか、相次いで融資抑制・停止という判断が下されているのは、不確実性がコスト転嫁できない大きさに達したからとも解釈できる。

保険会社はより直接的なダメージを受ける。自然災害の多発に伴う保険金支払いの増加は経営を圧迫するが、これを補うために保険料を急激に引き上げれば加入者が負担しきれなくなる(※2)。結局、経営への影響を極小化するには、温室効果ガス排出そのものを減らすしかない。

探鉱施設や発電プラントは保険のカバーなしでは操業が困難なため、付保停止で事業の継続性は一気に不透明になる。その結果、事業に必要なファイナンスはさらに困難さを増すことになる。

社会的コストの可視化が多様な分野に広がる可能性

自然災害多発に至る一連の因果関係が高い確度で存在するなら、化石燃料の市場価格に社会的コストが反映されていないことこそが本質的な問題となる。中でも温室効果ガス排出量の大きい石炭は、外部性を加味すれば決して安価なエネルギーとは言えなくなってしまう(※3)。

これは「市場の失敗」に他ならず、その修正には課税などによるコストの可視化や市場価格決定の不備を補うメカニズム(排出権市場の整備など)が求められることになる。いずれにしても現在のエネルギー市場は、そうした修正を積み重ねている過程と見なすことができる。

外部性を認識する必要性は探鉱、発電にとどまらない。化石燃料を大量消費する全ての産業で、将来的に同じ圧力にさらされる可能性がある。

事実、同じく温室効果ガスの主要な排出源である自動車では内燃機関(エンジン)車廃止の動きが進み(※4)、この流れはすでに船舶・航空機など他の輸送手段にも及ぶ。また、環境負荷という観点からは、プラスチック廃棄に伴う海洋汚染などにも注目が集まる。

環境以外の分野では、個人情報をはじめとするデータの取り扱いにも外部性を内包する要素(データ自体の品質に起因する問題、漏えいのリスクなど)がある。規制強化で先行する欧州などでは企業が負担を伴う対応を余儀なくされるなど、潜在的な社会的コストはすでに可視化の方向にある。

 

(※1) 影響を受ける主体にプラスに働く外部性を「外部経済」、マイナスに働く外部性を「外部不経済」と呼ぶ。

(※2) ここでは保険金の追加的支払や保険料の増分が、温室効果ガス排出が及ぼす内部性の経済的価値と見なすことができる。

(※3) 性質は違うが、原子力発電所建設の安全対策に伴うプラントコストの急上昇も過酷事故がもたらす潜在的な外部性の可視化と捉えることができる。

(※4) 実は英国におけるガソリン・ディーゼル車販売禁止(2040年以降)の直接的な動機は、窒素酸化物(NOx)削減を通じた大気汚染対策ということになっている。化石燃料の燃焼に伴う外部性にはCO2排出とは別の側面があることにも注意が必要となる。

 

コラム執筆:田川 真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 副所長