前々回のコラム「香港の旧正月、Chinese New Year」に続いて、正月のお話を少々する。香港のお年玉は「利是(ライシー)」と呼ぶ。中国の正月が来ると親戚や知り合いの子どもはもちろん、マンションの管理人、会社の部下、レストランの従業員、果てはUberの運転手まで、要は、筆者の場合で100人くらいの方に利是を渡す勘定になる。

利是は、日本で言うお年玉袋に入れて渡す。袋に入れる金額は20香港ドルから100香港ドル程度であるが、100人分のお年玉袋に入れる現金を用意するのは結構大変だ。正月前に銀行に並び、皆さん現金を下ろして一斉に準備をするのである。香港は、現金決済社会が予想以上に残っており、当然この利是も「現金決済」が主流なのだ。最近はQRコード利是も出てきたようだが(笑)。

市民が硬貨を電子マネーに無料交換できる「Coin Collection Programme」

そして旧正月前のある日、地下鉄の駅頭にて面白い光景に筆者は遭遇した。Hong Kong Monetary Authority(HKMA) と荷台に大きく書かれた、キャンディー売りのキャンピングカーのような車が駅前広場に駐車しており、そこに人々が大量のコインを箱に入れて列を作っているのだ。

HKMA(香港金融管理局)は、Restricted Licence Bankである当行の監督官庁に当たり、日本でいえば金融庁である。お堅いイメージの香港金融管理局が、キャラバントラックを駆り立て「Coin Collection Programme(CCP)」を街中で展開しているのである。

CCPとは、市民は溜まりに溜まって家に眠っている硬貨を、そのキャラバントラックに搭載された硬貨交換機で紙幣または電子通貨に無料交換することができるプログラムである。2014年からHKMAの肝入りで始まった。

硬貨相当の金額は、保存型デジタル決済のStored Value Facility(SVF)であるオクトパスカード(日本で言えばSuica)、電子マネー決済システム(e-Wallet) であるAlipayやWeChat Payに加算される仕組みになっている。

紙幣での受け取りも可能であるが、硬貨流通量を調整しつつ電子決済=キャッシュレス化が目的にあるので、SVFかe-Walletへの加算を促しているようだ。

そしてそのキャラバントラックは、警察と交通局の協力のもと定期的に香港全域18地区を巡回しているという。人々にとっては、自宅のタンスに眠っている硬貨の価値を生き返らせるということで評判は良いようだ。

香港政府が市井に溶け込む形で電子決済を推進する

当プログラムは2014年10月にスタート以来、2018年10月末までの4年間で4億1600万コイン、金額ベースで言えば5億7400万香港ドルのコインを回収しているのだ。

香港政府の発行している通貨は、10香港ドル紙幣と硬貨のみであるため(20ドル紙幣以上は、HSBCなど3大銀行が銀行紙幣を発券している)、その総額は133億2400万香港ドル(2019年2月現在)と少ない。つまりCCPで回収した5億7400万香港ドルは、一見少ないように見えるが、政府発行通貨総発行量の約4.3%に相当する。

10香港ドル紙幣の発行量は定かでないが、発行総額の半分程度が硬貨とすると10%近くの硬貨がこのプロジェクトで回収されたことになり、電子決済化を後押ししたことは確かだ。

香港は、2010年前半には資産運用サービス業務でシンガポールの後塵を拝していた。しかし、2010年半ばに政府主導で「資産運用センター香港」の音頭をとり、アジアナンバーワンの地位を築いたのだ。

さらに2020年を前にして、シンガポールや中国本土に劣勢であったFintechも、行政長官自らが「香港=Fintech」という派手な演出を展開している。その一方で、このような市井に溶け込んだ形で電子決済を推進する香港政府の姿には、微笑ましく、思わず共感を覚えずにいられなかった。

 

(※)1香港ドル=14円(2019年2月8日現在)
(※)参考文献:HONG KONG MONETARY AUTHORITY 香港金融管理局「Monetary Base」(2019年2月4日)