2015年、シリア紛争の激化に端を発した欧州地域への大量の難民流入がEU(欧州連合)とその加盟国を揺るがした。EUには、難民申請者の登録・審査を原則として最初の到着国が責任をもって行う「ダブリン規則」が存在する。

この規則に基づき、シリアから欧州への難民の移動ルートに位置したハンガリーなどの中東欧諸国や、イタリアやギリシャなどの南欧諸国が移民・難民の大量流入による影響を受けることとなった。その後、EU加盟国間における移民・難民への対応を巡る議論を経て、数十万人もの移民・難民の受け入れを行う政治的な判断をドイツは下したが、難民による各種事件も発生し、社会不安が高まった。

本稿では、それから3年がたった現時点においても、未だに尾を引いている移民・難民問題の現状・対応と、その影響によるポピュリズム勢力の伸張から欧州の今後を展望したい。

まず、EUにおける移民・難民数の動向を見ていきたい(【図表1】)。

欧州難民危機が発生した2015年の125.7万人、翌2016年の120.6万人をピークに、その後2017年には65.5万人まで減少し、足元の2018年1-9月累計は35.3万人にとどまっている。これは、2016年3月に、トルコからギリシャ諸島に渡る全ての新たな非正規移民と、難民認定を受けられなかった庇護申請者をトルコに送還し、その費用はEUが賄うなどの内容を含んだ協定が締結されたことなどにより、欧州への難民の総数が減少していることによる部分が大きい。

続いて各国別に見ると、EU内で最多の難民を受け入れているドイツは、2015年に44万人、2016年に72万人を受け入れた。しかし、ドイツ国内で難民受け入れに対する不満が高まったことから、2017年以降受け入れを20万人以下に抑制せざるを得なくなった。そのため、足元の2018年の1-9月累計は12.4万人にとどまっている。また、地中海などからの難民の移動ルートに位置していたイタリアに関しても、2017年に12.7万人と最多の申請数を記録したが、2018年に入って以降減少に転じている。

同様に、ハンガリーや移民の受け入れに寛容な北欧のスウェーデンに関しても、2015年の危機時において、それぞれ17.4万人、15.6万人と多数の難民申請が行われたが、加盟国間で難民の受け入れ分担が開始されたことなどから徐々に受け入れ数が減少している。

足元では、ハンガリーが2018年1-8月累計で535人、スウェーデンが2018年1-9月累計で1.3万人にまで減少した。このようにEU加盟国の多くでは、移民・難民数が減少している一方で、異なる動きを示す国々もある。ギリシャは、地理的にトルコからの移民・難民の移動ルートに位置している。

そのため、2016年にEUとトルコ間で協定が締結されるも、2015年の1.1万人から足元の2018年1-8月累計4万人と増加しており、ギリシャの財政を圧迫し続けている。また、フランスはマクロン政権下で、移民・難民の受け入れを進めており、2015年の7.0万人から足元の2018年1-7月累計では6万人にまで増加している。

【図表1】の通り、欧州への移民・難民の流入数自体は減少傾向にあるものの、依然毎年数十万人規模で移民・難民を受け入れている状況に変わりは無い。しかし、EUはこのような現状に対し、ただ手をこまねいているわけではない。

実際に、欧州委員会が実施、若しくは検討している移民・難民問題に対する施策は、主に次の通りである。

1.国境管理と移民・難民対策強化に関する予算の大幅増額
2.トルコに滞在するシリア人難民のための資金を前倒ししての拠出
3.難民流入数が増加しているスペインとギリシャへの緊急支援
4.アフリカでの移民・難民政策強化

 (ⅰ)マグレブ諸国での国境管理
 (ⅱ)リビアの入国者収容施設での移民・難民保護支援
 (ⅲ)モロッコにいる脆弱な移民への支援強化など)
5.2018年6月の欧州理事会で要請された、EU域内の管理センター及び第三国との取り決めに関する構想の進展

特に、1.に関しては、次期多年次予算枠組み(2021年~2027年)において、現行の多年次予算(2014年~2020年)の約3倍に当たる349億ユーロの提案がなされている。この予算の増額により、EUの対外国境警備の強化、査証(ビザ)政策の厳格化、合法的移民と彼らの社会統合の支援強化、送還の迅速化などが図られるとしている。

EUは様々な施策で移民・難民問題に対応しようとしているが、EU加盟国政府や市民からの根強い不信感を払拭できていないのが実情である。そのような不信感の表れが各国政治に対して影響を与えたとみられる主要な事象を整理すると、【図表2】の通りである。

2017年9月のドイツ総選挙以降、欧州における反移民・反難民などを唱えるポピュリズムの勢いはとどまるところをしらない。特に、イタリアでは、極右政党である同盟とポピュリスト政党である五つ星運動による連立政権の成立以降、6月の欧州理事会で移民・難民問題に関して、強硬策を提案するなど保守的な姿勢を示している。

加えて、EU加盟国全体での移民・難民問題への対応についてコンセンサスがとれなくなり、加盟国間で負担に格差を生じさせているダブリン規則の修正による解決までには至っていない。また、ドイツにおいても、極右政党のAfD(ドイツのための選択肢)が国会や各州議会において徐々に勢力を伸ばしている。

対照的に、2015年の難民危機時にイニシアチブをとり、加盟国間の利害調整などを行ったメルケル首相の勢威は、連立与党内での内紛などによる求心力の低下や、国会や州議会選挙などでの退潮などにより、今では見る影もない。移民・難民問題が欧州社会に与えた傷跡は未だに癒えていないどころか、これまで欧州をけん引してきたドイツをも呑みこもうとしている。

ここまで見たように、2015年の移民・難民危機は欧州の政治情勢の安定に悪影響を及ぼし続けており、2019年にかけての注目政治日程にも影響を与えることが見込まれる(【図表3】)。

今後の欧州での注目政治日程の中には、各国における選挙だけではなく、欧州委員会(EC)のユンケル委員長や欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁の退任も含まれている。経済面においても、年末には欧州中央銀行による資産購入策の終了も予定されており、欧州が不安定になる可能性が高まることが見込まれる。ややもすると、世界の注目は米国のトランプ大統領の言動や米中貿易戦争などに集まりがちだが、欧州の政治情勢や社会情勢の変容が同時多発的かつ複合的に進行している現状を軽視してはならない。

 

コラム執筆:佐藤 洋介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

 

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