2015年8月に125.20円台の高値を付けてから上値を切り下げ続けてきたドル/円相場。2016年6月には100円を割り込むところまで円高が進行していましたが、先週7月11日、112円台へと急伸。2015年夏以降の下落トレンドの上値抵抗となっていたレジスタンスラインを上抜けました。

2018年1月は米国ムニューシン財務長官が米国の貿易にとって「ドル安は良いこと」と述べたことをきっかけに、2018年は米国が通商問題に本格着手するためドル安となるとの見方が市場を席巻しました。実際に、2018年112円台で取引がスタートしたドル/円相場はこの発言を受けて大きく下落し、3月下旬には105円台をも割り込む円高進行となりました。しかし足下では米国VS中国、EUとの貿易交渉は落としどころが見えず泥沼化しているにもかかわらず、ドル/円相場は勢いをつけて上昇、ドル高となっています。何故でしょうか。

前々回コラムに、ドル売りのポジションを長期保有するとスワップコスト(金利差分の支払い)がかかるため、ドルが大きく下落しキャピタルゲインが手にできないとなると、コスト負けしてしまうことが、膠着が続くドル/円相場にとっては、ドル上昇圧力となり得ると書きましたが、これも一つの材料です。 

加えて、先週話題となったのがロイターの記事。トムソン・ロイターの集計によると、今上期の日本企業による海外企業の合併・買収(M&A)は合計13兆0,079億円にも上りました。これまでは2016年下期の8兆4,701億円が過去最大。1980年以降で最大規模のM&Aが、円売りにつながっていた可能性が明らかとなったのです。M&A資金調達には様々な手段がありますので13兆円の全てが為替市場でのドル買いにつながったわけではありません。市場関係者らの推測ではよくて半分、せいぜい3分の1くらいではないか、との声が聞かれますが、それでも4~6兆円規模で為替市場でのドル買いにつながる可能性があるということですね。話題となったこの記事には、2018年1月から最新の5月までに行われた対外直接投資(企業が株式取得、工場を建設し事業を行うことを目的として外国の会社に投資すること)は合計6兆6,843億円で、2015年以降3年連続で更新し続けているとの記述もあり、この部分においても外貨調達としてのドル買いが起こっていたことが推測されます。

ちなみに、上期M&A総額の13兆円ですが、政府・日銀が震災後の2011年下期に断続的に実施した為替介入13兆6,045億円に匹敵する規模である、という記述も。もちろん、そのすべてが為替市場での政府・日銀の為替介入とM&Aは異なりますが、この記事が投機筋らのスタンスを動かした、との指摘もあるほどにインパクトがあるものでした。

また7月6日、約160兆円の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、2017年度の運用成績を発表。国内株比率が25.14%で2014年10月に発表された基本ポートフォリオである国内株式25%±9%に概ね達成したことが確認できたことも話題となりました。この中で注目すべきは、外国株式と、外国債券です。目標とされる基本ポートフォリオ構成で、外国債券は15%±4%、外国株式は25%±8%とされていますが、2017年度には、外国債券が14.8%、外国株式が23.9%へと目標に近づいていることが確認できます。

外国債券は2015年度末13.47%、2016年度末が13.03%でしたので、2017年度にその比率が大きく伸びたことがわかります。また外国株投資は2015年度末が22.09%、2016年度末が23.12%でしたので、こちらも粛々と投資を増やしています。GPIFは160兆円規模の運用資金を誇りますので、1%動けば1.6兆円動くことになります。その影響力がいかに大きいかは改めて解説することもないでしょう。

GPIFの外債、外国株投資も為替市場での円売り、ドル買いをサポートし続けていることが改めて確認できたわけですが、まだ外国債券と外国株式は基本ポートフォリオ構成比率まで買い余力が残されており、2018年度も継続的に外モノ投資が続けられるものと考えられます。

こうした実需、機関投資家らのドル買いが、通商問題リスクにおびえるドル/円相場を支え続けてきましたが、投機筋らもいよいよ円売りドル買いのポジションを増やし始めており、これがトレンド化すればドル/円相場はさらなる上昇の可能性があります。ただし、先週大きく上がりましたので、高値掴みにはくれぐれもご注意を。

コラム執筆:大橋ひろこ

フリーアナウンサー。マーケット関連、特にデリバティブ関連に造詣が深い。コモディティやFXなどの経済番組のレギュラーを務める傍ら、自身のトレード記録もメディアを通じて赤裸々に公開中。

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