第132回 「ストロー」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】
みなさん、こんにちは。『今どき株で儲けるヤツは、「業種別投資法」を使っている』著者の長谷部翔太郎です。株式市場では日経平均で21,500~23,000円のボックス圏の動きが続いています。貿易戦争や新興国通貨の不安定化、我が国を含めた世界的な金融引き締め局面への移行といった不安定要素はむしろ増加している感はありますが、思った以上に相場の腰は強い状態にあると言えるでしょう。ただし、やや下振れ要因が増えてきたことは要注意です。夏枯れ相場後には大きく方向性が出てくるかもしれません。
さて、今回は「ストロー」をテーマとして採り上げてみましょう。先月、米国の有名コーヒーチェーンが2020年までにプラスチック製ストローの使用を廃止すると発表しました。米国ではストローが一日当たり5億本消費されているとの指摘があり、それらが海洋投棄されることによって、海洋生態系に悪影響を与えているとの報告が相次いでいます。今や企業はESG(環境・社会・企業統治)という切り口でも資本市場で厳しく評価される時代となっており、このコーヒーチェーンの発表もこういった環境問題を配慮したものと想像しています。実際、海洋投棄されるプラスチック製品の総重量は、海に生息する魚類の総重量を早晩上回るとする研究結果も発表されています。プラスチック製品のごみ問題は1970年代から指摘されていましたが、当時はそれが「生分解されずにいつまでも残ってしまう」ことが主たる懸念でした。しかし、現在はプラスチック製品を誤飲する海洋生物への悪影響が急速に懸念されてきたように思えます。社会的責任を負う企業としても、そういった懸念が深刻になってきたとも言えるでしょう。
しかし、プラスチック製ストロー使用停止にどれだけ実効性があるかと言えば、限定的と言わざるを得ません。ストローの重量を大まかに1グラム/本として計算しても、抑制できる使用量は米国で年間18万トン程度です。しかも、リサイクルや焼却処分される量を勘案すれば、海に流れ込む量はこれよりもっと少ないと想像できます。一方、グローバルに海洋投棄されているプラスチックごみの総量は2010年時点で年間800万トンにのぼるとの研究結果が報告されています。現在はさらに増加しているとすれば、ストローの廃止が海洋汚染抑制の切り札になるとは想定し難いのが現実でしょう。プラスチック製ストローの使用廃止は大きく話題となりましたが、これだけでは話題の域を越えてはないのです。
換言すると、ストローはこの問題の本丸はではなく、前哨戦に過ぎないということです。海洋生物への影響の深刻化を考えれば、ストロー廃止にとどまらず、もっと抜本的な変革が近い将来に迫られる可能性は高いと考えます。地球環境に対する人々の意識は明らかにかつてに比べて高まっているうえ、温暖化とは異なって、海洋ごみ問題は原因が誰の目にも明らかです。法規制や企業努力、個々人の意識改革によって、この問題を緩和解消させる動きが出てきても不思議ではありません。そして、それはおそらく消費行動や産業構造の変化を促す規模に至るのではないでしょうか。このコーヒーチェーンの動きは、その実効性に限定的な懸念が拭えないとはいえ、社会的議論を喚起し、その先駆けとして他社にロールモデルを示したという点で非常に意味があったと位置付けます。
消費行動や産業構造に変化が生じるほどのインパクトであれば、当然、その変化は株式市場に反映されるはずです。プラスチックに代わる材料のストローにとどまらず、テーマとしてもっと大きな広がりが期待できるのではないか、と筆者は考えます。具体的な産業としては、筆者は素材業界、機械業界、商社などに注目したいと思います。海洋ごみの抑制には、ごみの地上処理量を増やすか、生態系に影響を及ぼさない素材を使用するか、プラスチックそのものの使用を廃止するか、しかありません。しかし、使用廃止の全面的採用は現実的でない以上、焦点は処理量増か別素材の普及に絞られることでしょう。処理量増には、ごみの回収ルートの強化確立とそれ用のプラント増設が必要となるはずです。家庭や町規模ででも処理できる小規模な機械が開発されれば、ごみの回収コスト抑制にも繋がるうえ、海洋投棄される可能性はかなり抑制できると予想します。また、ごみ対策はプラスチックを生産する化学メーカーにとっても死活問題です。生分解性能の付加のみならず、金属材料との併用といったマルチマテリアル化なども含め、素材が新たに進化する可能性は十分あるでしょう。ストローだけに目線が集まってしまいがちですが、抜本的解決に向かう道のりの見極めこそがより重要であることを再確認しておきたいところです。
コラム執筆:長谷部 翔太郎(証券アナリスト)
日系大手証券を経て、外資系投資銀行に勤務。証券アナリストとして、日経や米Institutional Investors誌などの各種サーベイで1位の評価を長年継続し、トップアナリストとして君臨する。外資系投資銀行で経営幹部に名前を連ねた後、現在は経営コンサルティング会社を経営する。著述業も手がけ、証券業界におけるアナリストのあり方に一石を投じる活動を展開中。著作は共著を中心に多数。