フィリピン政府の人口委員会によると、同国の人口は今年の7月に1億人を突破した。ASEAN(東南アジア諸国連合)の中では、インドネシア(2億5千万人)に次ぐ規模であり、国連の人口中位推計によると、2028年には1億2300万人に達して日本を追い抜き、その後も増加し続け、2091年までは人口が増え続ける見通しである。

安定的な人口増加が続くフィリピンでは、豊富な労働供給が長期的に期待できることや、依然として周辺国よりも人件費が低いことに加え、英語のできる質の高い労働力を確保できることから、最近ではBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)<※1>拠点としての注目が高まっている。

今年の1月に米調査会社THOLONS(ソロンズ)が発表したBPOビジネス拠点ランキングでは、昨年3位だったマニラがムンバイを追い抜き、2位に躍進した。また、トップ10にはセブもランクインしているほか、上位100位の中にはフィリピンから7都市がランクインしている。フィリピンで順調に拡大しているBPO産業は、2013年の売上高が前年比21%増の160億ドルと、GDPの約8%を占めるまでに成長しており、既にフィリピン経済のけん引役となっている。産業拡大に伴い、従来からあるコールセンター業務に加え、医療事務、法律事務、ソフトウェア開発などの付加価値の高い分野まで業務範囲が広がっており、雇用者数は2013年の96万人から、2016年には130万人に達する見込みである。

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BPO拠点としての地位を拡大しつつあるが、フィリピンが今後も持続的な経済成長を遂げていくためにはまだまだ課題も多い。

フィリピンが抱えている課題を2つ見ていきたい。

1つ目は、ビジネス環境(投資環境)が整っていないために、海外からの対内直接投資が周辺国と比較して低位にとどまっており、工業化が遅れている点である。世界銀行が発表している世界185カ国のビジネス環境ランキングの2013年版では、フィリピンは138位となっており、ランキングの内訳を見てみると、「ビジネスの始め易さ(161位)」をはじめ、多くの項目で100位以下となっている。ビジネス立ち上げの煩雑さに加え、納税、融資、清算などで未整備な点が多く、投資コストが高いことから対内直接投資が伸びず、その結果、製造業の進出が遅れ、工業化が進んでいない。工業化が進まないために、よりよい雇用環境を求めて海外への出稼ぎ労働者が年々増加しそして、さらに工業化が遅れるという悪循環が起きているとも読める。

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2つ目が、海外出稼ぎによる弊害の拡大である。海外出稼ぎ労働者数は全人口の10%にあたる約1,046万人となっており、2013年の国内送金額は230億ドル(過去最高)と、GDPの約10%に相当する。海外出稼ぎ労働者の国内送金は現状のフィリピン経済にとって必要不可欠なものだが、国内送金への依存がもたらす弊害も大きそうだ。第1に、海外出稼ぎ労働者の増加が優秀な人材の流出を招き、産業発展の停滞を招いている。第2に、豊富な国内送金により農村生活の維持が可能となり、都市への人口移動が起こらず農村に人口が滞留することで、都市化を停滞させている。第3に、出稼ぎ労働者が滞在している国の経済環境に送金額が大きく左右され、そのことがフィリピンの国内経済にも影響している。特に、送金額の4割強が米国からとなっており、米国の経済情勢の影響を大きく受けている。米国における年初の寒波の際には、米国経済が一時的に停滞したため、送金額が減少し、フィリピン国内の個人消費が落ち込んだ。

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BPO産業の拡大などを背景に急成長を遂げているフィリピンは、その目覚しい勢いから「Asia's New Tiger Economy」や「Asia's New Rising Star」と称されている。また、フィリピンの労働力人口が当面毎年100万人ずつ増えていくことから、若くて豊富な労働力人口を武器に、高成長を続けると期待が高まっている。ただ、現在のフィリピンには豊富な労働力の活かすだけの産業基盤がないため、労働力は宝の持ち腐れとなっており、折角の成長機会を逸してしまう可能性がある。
豊富な労働力を活かすためには工業化が急がれるが、上述した参入障壁のほかにも、道路、港湾などのインフラの整備、政府の政策運営の不透明さなど、対内投資を呼び込み工業化を進めるための課題が山積みである。特に、ASEANの中で最高水準である電力料金の高さは、大量の電力消費を伴う業種には向かないため、製造業の進出を阻む一因となっている。
投資環境上の課題を一つ一つ解決し、工業化・都市化を進め、徐々に海外からの送金に依存しない持続性のある経済を実現する必要が今こそ高まっている。他のASEAN諸国の経済成長の足取りが重たい中、ポテンシャルの高さでは随一のフィリピンに今後も期待したい。

<※1>BPO・・・総務、人事、経理に関連する業務(給与計算、データの入出力など)、コールセンターやソフトウェアのプログラミングなどの業務を外部に委託すること。

コラム執筆:芝尾 俊介/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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