英国のEU離脱(BREXIT)の是非を問う国民投票がいよいよ今週木曜日(日本時間では金曜日朝)に迫った。先週末の世論調査では残留派が離脱派をリードしたものの、依然僅差で推移している(BREXITの概要は弊社コーナー「BREXITをどう乗り切るか」を参照)。

BREXITの投票は、過去の国民投票と同様、最終的には、経済合理性の高い選択肢、即ち、残留側に落ち着く可能性が高いだろう。しかし、本日時点のさまざまな市場関係者アンケートでは、残留を予想する割合が極端に高い。このため、市場が離脱リスクを織り込み切れていない可能性があり、当日の市場の動きにはまだ注意を要する。

EU離脱影響の波及ルート:直接影響以上に間接影響を注視 万一EU離脱派が多数となった場合でも、GDP等実体経済への影響は短期的に表面化するものではない。日本は、英国との取引量も与信も少ないため、直接影響は少ないと思われるが、金融機関を通じての間接的な影響は決して免れないだろう。リスク伝搬の経路を図表1に示す。

EU残留でも残る「3度目の正直」リスク また、今回EU残留が決まっても、完全にBREXITリスク顕在化前に巻き戻せるのかどうかは不透明だ。英国は、EECへの加盟から2年後の1975年にも、EEC離脱の是非を問う国民投票を行っている。この際は、3分の2が残留を支持したが、今回離脱派が前回よりも増えていれば、またいつか離脱議論がぶり返し、「3度目の正直」で離脱派多数となる可能性もある。このため、今回残留が決まったとしても、金融センターとしての信頼と安定感は完全には取り戻せないと考える。

具体的にはどのようなリスクがあるのだろうか。以下、金融システムに対する影響を中心に、万一離脱派が勝った場合のリスクシナリオと、仮に残留が決まっても残るリスクについて検討する。

1.一次的影響:GDP影響等の先取りで、英国の格下げは必至

まず、基本的な国の信用力を確認したい。英国の政府債務のGDPに対する規模は、欧州危機以降ゆっくりと回復してきているが、それでも現在111%で、欧州の中では、イタリアほどではないが、フランスと並ぶ高さである(図表2)。財政収支赤字のGDPに対する比率は徐々に改善しているものの、赤字が続いており、GDPが腰折れてしまえば大きな痛手となる(図表3)。

このような財政状況を受け、格付け会社は既にBREXITについての警鐘を鳴らしている。中でもS&Pは5/20に、英国がEUから離脱した場合、格付けを「2ノッチ以上(more than one notch)」格下げする可能性が高いと発表している。

なお、図表4の通り、投票日の翌日直ちに2ノッチ以上格下げするわけではなく、「クレジット・ウォッチ」に指定された上で、見直し作業が行われ、数か月かけて徐々に実施されるだろう。

既に、英国政府の信用力を示すCDS(クレジットデフォルトスワップ、高いほど悪い)は上昇しつつあり、足元では株価もこれと連動している(図表5)。しかし実際に格付けの見直しが発表されたら、投資家のCDSや株価への影響は避けられないだろう。

2.二次的影響:英国からの資金流出による資産価格の下落

英国国債は、日本と同様に、イングランド銀行の買入額が拡大していることもあり、債券利回りは低下傾向にある。一方、外国人投資家の保有比率は長期的に下落トレンドにあり(図表6)、かつ、BREXITのキャンペーンが開始した3月から4月にかけての2か月間で、2009年以来となる650億ポンドの資産が流出した(図表7)。

もしEU離脱が決まれば資金流出の加速は必至である。これに伴い、ポンド、株価、債券、地価等の各種の資産価格は大幅に下落するだろう。しかし、仮に残留が決まっても、離脱派との間が僅差であれば、BREXIT議論再燃リスクが燻る。その場合、不動産などの長期投資については、過去ほど積極的な投資が生まれない可能性が高いだろう。

3. 三次的影響:金融機関は今でも脆弱性が残っている。資本比率低下でリスク回避モードへ

(1)英国の金融機関への影響

- ポンド下落による資本比率の低下 一般に、自国通貨の下落、外貨の上昇は、海外収益が大きい大銀行にとっては、収益上プラスになる。ところが、外貨資産の膨張で、資本比率の分母となるリスク資産も拡大してしまうため、資本比率の押し下げ要因となる。 英国の銀行は、依然資本や利益などの問題から、依然として格付けはBBB~Aレンジとあまり高くなく、国の格下げで格付けに更に下方圧力がかかるだろう。これまでもリスク資産を圧縮してきたが、更なるリスク資産の圧縮に走り、景気減速に拍車をかける可能性が高い。

- 不動産価格下落による不良債権比率の上昇 ロンドンのオフィス価格は、昨年初からやや頭打ちとなっている。オフィスの取引量も今年に入り低下している。BREXITが決まれば、更に欧州本社機能を英国以外に移す企業が急増し、オフィス価格に大きなストレスがかかるだろう。日本同様、英国も、銀行の不良債権比率は不動産価格に連動しており、前回不動産価格が下落した2008年~10年にも不良債権比率は上昇した(図表8)。現在不良債権比率は極めて低水準となっているが、BREXITが決定すれば大幅に上昇する可能性がある。

- 一部の債券が株式に転換される可能性 規制の変更で、仮に資本比率が大幅に低下した場合、一部の劣後債や優先出資証券は、資本比率が一定以下に下落した場合、強制的に株式に転換される可能性が出ている。まだ距離感はあるものの、株式の希薄化につながるため、資本比率の低下が株価にも悪影響を及ぼす可能性がある。

- シングルパスポート喪失による支店の見直し 現在英国の銀行は、EU各国での包括的な営業ライセンスが認められている。しかし、EUから離脱すれば各国での営業ライセンスを取り直す必要がある。これを嫌う外国の金融機関は、欧州の本社機能を英国から欧州大陸へ移す可能性が高いだろう。 今回EU離脱が否決されたとしても、英国とEUとの距離感が露呈したことで、将来離脱論再燃のリスクを回避するために、本社機能を大陸に移転させる可能性が高いと思われる。離脱がなくても、英国の銀行規制等により、英国での現地法人運営はハードルが高くなっている。このため、世界の金融センターとしての完全な復権は容易ではないだろう。

(2)邦銀に対する影響:与信額はごくわずか。しかし間接影響は免れず

日本の金融機関から英国に対する与信額は、世界で第5位、EU以外では米国に次いで第2位となっている(図表9)。しかし、これは、日本の金融機関の海外資産全体の6.9%に過ぎない。直接的な影響は小さいとされる所以である。

しかし、こうした直接的な影響以上に、英国の金融機関の株価や債券価格の下落が大きな影を落とすだろう。

英国の銀行が発行する債券は、Bloombergで確認できるものだけで70兆円以上と大きく、日本を含む世界中の機関投資家がこれらに投資している。近年日本では、優先出資証券等に投資を行う「バンクキャピタル・ファンド」が人気商品だが、これらのファンドのうち、15~30%が英国の銀行の発行する債券である。

まとめ:世界の金融システムへの波及

BREXITの投票は、過去の国民投票と同様、最終的には、経済合理性の高い選択肢、即ち、残留側に落ち着く可能性が高い。しかし、拠点移転の動きは既に始まっており、ロンドンの金融センターとしての地位は元には戻りにくいだろう。これにより、地価下落の懸念も残り、ひいては銀行の利益や資本の劣化につながる。一大債券発行国である英国の信用力の揺らぎが続けば、緩やかながら、じわじわと他国の金融機関についても問題が存在し続けるというリスクも残る。

このため、今週の英国の国民投票では、結果もさることながら、大方の予想通りに残留派が勝ったとしても、離脱派とどの程度の差がつくのか、また、離脱派が今後の運動方針についてどのようなコメントをするのか等が注目されるだろう。