全米製造業者協会は、「中国政府が人民元レートを不当に低くコントロールしているため、米企業が対中貿易で不利益を被っている」として、米通商法301条に基づき通商代表部に提訴するそうです。
御存知の通り、右も左も「人民元切り上げ」要求です。しかしこれは本当に各国にとっていい結果をもたらすのでしょうか?人民元を切り上げると、先ずは中国製品の値段は高くなり、それは米国や日本の企業の製品の価格競争力を相対的に強め、彼らを助けることになるでしょう。しかし次に起きる問題は、中国に於いて最も供給過剰な問題である『人』が、高い人民元を背景に職を求めて中国の外に溢れ出てくることではないでしょうか?(円高になると海外旅行がしやすくなるのと同じ理屈です。)
もしそういうことが起きると、それは世界の労働市場のコストを下方に破壊し、強烈な失業とデフレの問題が蔓延しないでしょうか?1985年、奇しくも阪神が前回優勝した年にプラザ合意が成立し、性能と価格に大きな競争力を持つ日本製品に対する対抗手段が執られました。多くの人がその当時の日本と、今の中国をオーバーラップして語りますが、あの時、日本の労働市場はきゅうきゅうとしており、余剰労働力など殆どありませんでした。ですから円の切り上げは、単に日本製品の価格競争力を落とす効果だけがあった訳です。
人民元の切り上げ問題は、どうも良くこなれていない、問題の一面だけを捉えられている感が拭えません。製造業協会が言うならともかく、財務大臣クラスもよく発言しますが、真意が読めません。いずれ問題はもっと理解されていくでしょうが、以上のような理由から結局のところ、人民元の切り上げは当面はないのではないかと私は思っています。時間を掛けて調整していかなければ、到底埋められるようなギャップの大きさではありません。
- 松本 大
- マネックスグループ株式会社 取締役会議長 兼 代表執行役会長、マネックス証券 ファウンダー
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ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社を経て、ゴールドマン・サックス証券会社に勤務。1994年、30歳で当時同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)に就任。1999年、ソニー株式会社との共同出資で株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)を設立。2004年にはマネックス・ビーンズ・ホールディングス株式会社(現マネックスグループ株式会社)を設立し、以来2023年6月までCEOを務め、現在代表執行役会長。株式会社東京証券取引所の社外取締役を2008年から2013年まで務めたほか、数社の上場企業の社外取締役を歴任。現在、米マスターカードの社外取締役、Human Rights Watchの国際理事会副会長、国際文化会館の評議員も務める。