◆この夏に観た映画は2本。ひとつは前回の小欄で取り上げた『トイ・ストーリー5』。もう一本は『オークストリートの異変』である。アン・ハサウェイ、ユアン・マクレガーという大物俳優主演のSFアドベンチャーだ。舞台は1982年のアメリカ郊外。どこにでもありそうな住宅街オークストリートで、ある日突然、奇妙な現象が起きる。翌朝、家の外に出てみると、昨日までの街の雰囲気が一変、恐竜までいるのだ。ごく普通の家族が、住宅街ごととんでもない場所へ放り込まれてしまうという話である。

◆この映画にスパイスを利かせているのは、この一家が一見、平凡でどこにでもありそうな平和な家族に見えて、実はそうではないところ。夫婦にはすれ違いがあり、それぞれ仕事や人生への不満も抱えている。昨日と同じ朝が来て、仕事へ行き、夕方には家に帰る。そんな生活は退屈にも思える。ところが恐竜に追いかけられ、電気も水道もない世界に放り込まれてみると、その「何も起きない一日」が、実はとんでもなくぜいたくなものだったことに気づく。安全な家があり、家族がいて、蛇口をひねれば水が出る。当たり前すぎて、普段はその価値を意識することさえない。

◆これは投資の世界にも少し似ている。株価が上がり、景気もよく、市場が穏やかなときには、リスクはなかなか見えない。明日も今日と同じように市場が開き、会社は利益を上げ、世界経済は回り続けることを、いつの間にか当然だと思ってしまう。しかし金融危機やパンデミック、戦争などが起きると、その「当然」が実は多くの前提の上に成り立っていたことを思い知らされる。投資ではリスクに値段をつけようとするが、私たちの暮らしには値段のついていない資産がたくさんある。平和、安全、健康、家族、そして明日も普通の一日がやって来るという安心である。

◆だからといって、この映画は人生について難しく考え込ませるような作品ではない。基本的には「恐竜VS普通の家族」という、よくできた娯楽映画である。ただ、恐竜から逃げ回る一家を見ているうちに、こちらも少しだけ「普通」について考えてしまう。前回の『トイ・ストーリー5』では、タブレットやAIがどれほど進歩しても、人間が自分で遊び、考え、誰かとつながることの価値はなくならないと書いた。『オークストリートの異変』も、新奇なSFのように見えて、最後に戻ってくるのは家族や日常という昔ながらの価値である。

◆僕たちは資産というと、株や債券、不動産を思い浮かべる。しかし、人生でいちばん価値のある資産は、毎日値上がりするものではなく、毎日そこにあって値段を確認する必要のないものなのかもしれない。悪くない「普通」の一日とは、蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押せば明かりがつく。そして何より、家の外に恐竜がいないという日々である。