2026年は、幼少期からの資産形成を後押しする「トランプ・アカウンツ」が始動する一方、ベビーブーマー世代の最年長層が80歳を迎え、世代間の資産承継が現実味を帯び始めています。本稿では、トランプ・アカウンツを資産形成サイクルの入口、相続を出口と捉え、米国株式市場に与え得る影響について考察します。
トランプ・アカウンツが始動
米国のトランプ大統領は7月6日、子どもの資産形成を支援する制度である「トランプ・アカウンツ」の運用開始を発表しました。口座開設は18歳未満が対象で、米国株式指数に連動する投資信託または上場投資信託(ETF)で運用され、運用益に対する課税は引き出し時まで繰り延べられます。18歳になるまでは原則として引き出しが制限されますが、18歳以降は通常の個人退職口座(IRA)(※1)に近い税制上の取り扱いとなり、教育費や初めての住宅購入などの場合は早期引き出しに伴う追加税(ペナルティ)が免除される仕組みとなっています。また、2025~2028年に生まれた子どもに関しては、政府が1人あたり1,000ドルを投資原資として拠出します。
同大統領は、50万人超の口座に1,000ドルずつ入金したと発表しており、約5億ドル(約800億円、1ドル=160円で換算)が配分された計算となります。米財務省による集計として、600万口座以上が同口座の開設を申し込んでいると報じられています。米国では以前から確定拠出年金(401k)やIRAなど長期投資を促す制度が整備されてきましたが、トランプ・アカウンツは資産形成を支援する対象を子ども世代まで広げた点に特徴があります。
なお、口座の管理は株式取引アプリを手掛けるロビンフッド・マーケッツ[HOOD]と米銀大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロン[BNY]が担当します。
※1:IRA…一般的には、
・資金拠出時に所得控除を受けられる一方、将来引き出す際に所得税がかかるタイプ
・資金拠出時は所得控除を受けられないものの、要件を満たせば将来の引き出し時に運用益も含めて非課税になるタイプ
の2種類が存在。トランプ・アカウンツは前者に近い取り扱いになるとされる。
米国が迎える「大相続時代」
資産の次世代への引継ぎが現実味を帯びる局面に
資産形成サイクルの出口に目を向けると、米国では今後、資産に関する大規模な世代間移転が見込まれます。2026年3月31日時点で55歳以上の人が保有する資産は約129兆ドルにのぼり、これは全体に占める比率でみると7割強におよびます(図表1、41.2%と32.7%の合計値)。
また、40~54歳の年齢層の保有資産比率が過去30年で減少傾向をたどっている一方、70歳以上の比率は上昇基調となっている点も目立ちます。特に、そのペースは近年加速しており、70歳以上のシェア拡大幅は1996年から2006年の10年間ではわずか0.1%ポイントにとどまっていたのに対し、2006年から2016年は4.6%ポイント、2016年から2026年は7.6%ポイントと、直近10年間で大きく拡大しています。
この背景には、1946~1964年生まれの、約6700万人規模とされる「ベビーブーマー世代」の高齢化があるとみられます(2024年時点)。同世代の先頭グループ(1946年生まれ)が70歳を迎えたのが2016年であり、70歳以上のシェア拡大が2016年以降に加速している時期と符合します。2026年は同世代の最年長層が80歳を迎える節目でもあり、資産の次世代への引継ぎが現実味を帯びる局面にあるといえます。
年間で約4.5兆ドルの資産が相続されている試算
さらに、資産のうち株式の保有比率をみると(図表2)、年齢層別の序列(70歳以上が最も高く、40歳未満が最も低い)自体はこの30年間一貫しています。ただ、その開き幅は2010年代前半までは主に株式相場の変動に連動して拡大・縮小を繰り返していたのに対し、2010年代半ば以降、特に直近にかけては循環的な変動を超えて構造的に拡大しています。これは、高齢層が相対的に株式保有比率を積み増している可能性が示唆されます。
このように資産額、比率ともに大きく膨れ上がった高齢層の資産が、今後は54歳以下の層に移転する公算が大きく、米国は大相続時代を迎えるとみられます。実際、米国社会保障局が公表している年齢別死亡率(※2)とFRB(米連邦準備制度理事会)による各年代の資産額を用いると、年間で約4.5兆ドルの資産が相続されている試算となります。
※2:男性・女性の各年齢の死亡率を加重平均して試算。
中長期の株式市場構造に変化も
ポートフォリオが見直される契機に
米国の家計を対象とした保有資産に関する先行研究では、多くの世帯でポートフォリオを大きく見直すことが少ないことが示されています。つまり、過去にポートフォリオに組み入れた資産をあまり動かさず、そのまま維持する傾向が強いと考えられます。また、高齢投資家ほど配当利回りの高い銘柄を選好する傾向がある、と結論づける研究もあります。
こうした点を踏まえると、短期的な米国株式相場への影響は限定的とみられるものの、相続の活発化によって、通常は大きく変化しないポートフォリオが見直される契機となる可能性があります。高齢者から相対的に若い世代への資産移転が進めば、資産保有主体の銘柄選好やリスク許容度の変化を通じて、資金フローにも徐々に影響を及ぼす可能性があると筆者は考えています。
トランプ・アカウンツの商品ラインナップの方針、長期・積立・分散投資が前提
なお、トランプ・アカウンツにおいて初期資金を投資できる商品ラインナップとして、以下のETFが対象とされています。
・ステートストリート・SPDRポートフォリオS&P1500コンポジット・ストック・マーケットETF[SPTM]
・iシェアーズ・コアS&P500 ETF[IVV]
・iシェアーズ・コアS&P米国株式トータルETF(ベンチマーク:S&Pトータル・マーケット・インデックス)
・バンガード・トータル・ストック・マーケットETF[VTI](ベンチマーク:CRSP米国トータル・マーケット・インデックス)
いずれも低コストで市場全体への長期分散投資を目的としたETFであり、制度設計そのものが長期・積立・分散投資を前提としている点も特徴と言えます(SPDRはステート・ストリート[STT]、iシェア―ズはブラックロック・ファンディング[BLK]が手掛けるファンド)。加えて、幼少期から株式投資に関わることによる金融リテラシーの向上と、早期の資産形成という観点で、意義深いものと考えられます。
さらに、同口座には、個人や企業が上場株式を寄付できるようになる方針と伝わっています。ベッセント米財務長官は声明で「上場株式による寄付を受け入れることで、財務省は次世代を支援する大規模な民間寄付のための道筋を作り出している」と述べています。制度の普及が進めば、政府拠出だけでなく民間資金も取り込みながら、次世代の資産形成を支える制度として発展していくことも期待されます。
米国株式市場の保有構造が徐々に変化
一方、本稿で取り上げた大相続時代という視点では、年間4.5兆ドル規模と試算される資産移転が継続すれば、株式の保有主体が世代交代することで、米国株式市場の保有構造にも徐々に変化が及び得ると考えられます。
トランプ・アカウンツと大相続時代は性格の異なる事象ですが、いずれも若年層が株式資産を保有する機会を広げるという点で共通しています。米国では、生涯を通じて株式市場と関わる投資家が一段と増えていく可能性があり、こうした投資家層の裾野の広がりや世代構成の変化は、中長期的な市場構造にも影響を及ぼすと見込まれます。
