AIや半導体に加え、米国での大型IPOに関する話題が市場を賑わせています。未来への期待を映すテーマに資金と関心が集まっている形です。日本では利上げ観測が続いていますが、株式市場はそれをある程度織り込みながらも、なお未来の成長に期待を寄せているように見えます。
考えてみれば、こうした「期待」や「熱狂」は投資の世界だけのものではありません。ふと周りを見渡すと、世の中は「推し」であふれています。アイドル、スポーツチーム、アニメキャラクター、アーティスト。推し活市場は年々拡大し、FIFAワールドカップの高額チケットの話題を見ても、人は応援したい対象に、驚くほどの時間やお金を注ぐものなのだと感じます。
一方で、昔から私にはこれといった「推し」がありません。誰かを追いかけたり、イベントに足を運んだりすることもほとんどありません。周囲の友人たちが夢中になっている姿を見ると、少しうらやましく思うことがあります。
先日会った友人もその一人です。「推し」が始めたことをきっかけに新しい趣味に挑戦し、毎日を楽しそうに過ごしていました。その表情はとても生き生きとしていて、推し活の魅力は単なる応援や消費ではなく、人を動かす力があるのだと感心しました。
ただ、私にも趣味はあります。例えば登山です。山は応援しても応援し返してくれませんし、グッズを集めるわけでもありません。それでも、次はどこへ登ろうかと考えたり、山の景色を思い出したりする時間は楽しく、自然の中で過ごすひとときは私に元気を与えてくれます。
投資も少し似たところがあるように思います。企業や技術の未来に期待し、その成長を見守る。「この会社はこれからどうなっていくのだろう」と考える時間そのものに面白さがあります。もちろん、期待した未来がそのまま実現するとは限りません。相場には調整もショックもありますし、リスク管理は欠かせません。それでもなお、人は未来に期待し、リソースを投下します。
「推し」とは、誰かを応援することだけではなく、自分の気持ちを少し前へ動かしてくれる存在なのかもしれません。推しでも、趣味でも、投資でもいい。毎日を少し楽しみにし、新しい一歩を踏み出すきっかけを与えてくれるものを、これからも大切にしていきたいと思います。
