1998年の日米協調米ドル売り介入=少額ながら大きな円安反転を実現

日米の通貨当局が協調的に米ドル売り・円買い介入を行ったのは、財務省資料によると1998年6月17日だった。日本の通貨当局による介入額は2312億円だったのことから、米通貨当局による介入額も数百~数千億円程度だったと考えられる。

2024年4~7月に、日本の通貨当局は断続的に4営業日にわたり、米ドル売り・円買い介入に出動したが、この1営業日当たりの平均介入額は3兆8千億円にも達していた。これと比べると、1998年6月の日米協調で実現した介入額がいかに少額に過ぎなかったかがよく分かるだろう。

ただし、円安の阻止、是正を目的として行われたとみられたこの日米協調介入の効果はさすがに大きかった。この当時の米ドル高・円安のピークは、協調介入が実現する2営業日前の6月15日に記録した146.7円だったが、6月17日の協調介入を受けて、6月19日には133.6円まで、つまり最大で13円程度も米ドル安・円高に戻すところとなった(図表1参照)。

【図表1】米ドル/円の推移(1995~1999年)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

円安反転は介入から2営業日で一巡=2ヶ月後には介入前の円安値更新

1997年11月、130円手前から断続的に行われた日本当局による単独の米ドル売り・円買い介入では円安を止めることはできず、介入開始から約7ヶ月で前述のように146円まで広がった米ドル高・円安を、日米協調介入が実現すると、たった2営業日で10円以上の米ドル安・円高に押し戻すことになった。

この協調介入は介入額としては小規模にすぎなかったにもかかわらず、大きく円安が反転したのは「米国が円安阻止に協力した」ことの「意外感」の影響が大きかったと考えられる。

円安急反転の理由は「米国が円安阻止へ協力」の「意外感」だけ

ただし、日米協調介入による円安の反転も、介入から2営業日目がピークだった。1998年6月17日の協調介入から2営業日目の6月19日に米ドル安・円高は一巡。その後はじりじりと米ドル高・円安が再開し、協調介入から約2ヶ月後には協調介入前の米ドル高・円安を更新することとなった。

以上のように見ると、円安の阻止・是正に対する米国の協力は、おもに「意外感」によって、直後は円安が大きく反転するという大きな成果をあげる。ただしそれが、米国自身の米ドル高の阻止・是正の政策目的に沿ったものではなく、あくまで日本の円安阻止、是正への協力にとどまる限り、おもに「意外感」による円安反転の成果にも限りがあるのではないか。

協調「レートチェック」後の円安反転も2営業日後がピーク=2026年

実際の米ドル売り・円買い介入ではなかったものの、経験上、介入の前段階とされる「レートチェック」を日米が協調的に行い、米ドル高・円安が急反転に向かったのは2026年1月23日のことだった。この日米協調「レートチェック」前の米ドル高・円安のピーク159円台から、2営業日後には152円割れ寸前まで米ドル安・円高に戻った(図表2参照)。

【図表2】米ドル/円の日足チャート(2025年11月~)
出所:マネックストレーダーFX

ただこの日米協調「レートチェック」後の米ドル安・円高も、今のところは2営業日後で一巡した形となっている。「米国が日本の円安阻止に協力する」「意外感」の円安反転は2営業日で一巡するという点では、すでに見てきた1998年の日米協調米ドル売り・円買い介入後と基本的には同じだ。

1998年のケースのように、「意外感」の効果が薄れるに従い米ドル高・円安が再開し、約2ヶ月後には日米協調が実現する前の米ドル高・円安の水準を更新するなら、3月下旬にかけて米ドル高・円安は再び160円を目指すという見通しになるだろう。1998年と最近では違う要因もあるが、今回はあえて円安阻止の日米協調の影響ということに限って考えてみた。