5年MAから±2割以上かい離でも唯一介入せず=アベノミクス円安

第2次安倍政権が発足したのは2012年12月、この頃米ドル/円は80円近辺で推移していた。ところがその後、日銀による大胆な金融緩和などを受けて、2015年には125円まで、約2年半で40円以上と大幅な円安が進んだ(図表1参照)。

【図表1】米ドル/円と日米2年債利回り差(2012~2015年)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

このように大幅な米ドル高・円安が進む中で、米ドル/円は2014年頃から5年MA(移動平均線)を2割以上上回り、さらに最終的には3割以上も上回るところとなった(図表2参照)。米ドル/円が5年MAを2割以上上回ったのは、1990年以降ではこのアベノミクス局面のほか、1998年前後、2022~2024年と計3回あった。しかし、アベノミクス局面以外の2回は円安阻止の円買い介入が行われたのに対し、アベノミクス局面だけが最後まで円買い介入を行わなかった。

【図表2】米ドル/円の5年MAかい離率と為替介入(1990年~)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

為替相場が逆の米ドル安・円高に動いたケースで、米ドル/円が5年MAを2割以上下回ったのは、1995年前後、2011年前後の2回だったが、ともに円高阻止の円売り介入が行われた。以上のように見ると、米ドル/円が5年MAから±2割以上かい離するほど一方向へ大きく動いたケースにおいて、為替介入が行われなかったのはアベノミクス局面だけであり、アベノミクスの円安容認がかなり異例のものだったことが分かる。

類似の状況では円買い介入のところで逆に「異次元緩和」=2014年10月

さらに、アベノミクス局面では、米ドル/円が5年MAを2割以上上回り、これまで見てきたようにほかの同様のケースでは、円安阻止のための為替介入が行われていた状況にもかかわらず、2014年10月、むしろさらなる円安をもたらす可能性のある日銀による「異次元緩和」第2弾が決定された。

当時は、翌11月に消費税増税が行われる予定となっていた。このため円安との関係から極めて異例と見られたこの金融緩和の決定は、増税による景気減速を回避することを目的とした判断と考えられた。しかし、この異例の金融緩和と、それを受けた大幅な円安進行にもかかわらず、当時の安倍総理は消費税増税を見送る判断を行ったのだった。

「近隣窮乏化策」批判浮上する中で円安幕引きに動いた黒田総裁

5年MAとの関係からすると、本来なら円安阻止介入に動く可能性のある状況で、さらなる円安をもたらす金融緩和に動いたことは、自国通貨安に誘導することで輸出競争力を優位にする「近隣窮乏化策」が疑われかねないものだっただろう。その意味では、「禁断の金融緩和」だったのではないか。実際、その後2015年に入ると、海外の有力メディアなどでは、「円安がアジア経済の疲弊をもたらしている」との批判が浮上するようになった。

こうした中で、2015年6月、当時の黒田日銀総裁による「実効レートからすると、普通ならさらなる円安にはならない」との発言をきっかけに米ドル高・円安は125円で終了するところとなった。通貨政策の実質的な責任者である財務官も経験した黒田総裁からすると、「近隣窮乏化策」批判がさらなる拡大となる前に円安の幕引きに動いたのではないか。

アベノミクス局面の円安容認は、極めて異例の対応に終始したと言えそうだ。そうしたアベノミクスの継承を主張してきた高市総理の下では、再燃している円安への対応が遅れるリスクが懸念されるだろう。