円安是正のために日銀へ利上げ要請の可能性=米国

今回の為替報告書では日銀による2024年以降の利上げにも言及した上で、「今後も継続すべき」との表現で引き締め政策の継続を推奨した。それにより「円安・ドル高を正常化させるとともに、望ましい二国間貿易の構造的なリバランスにもつながる」とした。これは、普通なら円安是正のために日銀の利上げを要求していると読めるのではないか。

米ドル/円は1月の158円から、3月には146円まで下落した。この動きは、基本的に日米金利差(米ドル優位・円劣位)縮小に沿ったものだった(図表1参照)。そして日米金利差縮小は、1月末頃から日本の金利が大きく上昇したことが主導したものだった(図表2参照)。

【図表1】米ドル/円と日米10年債利回り差(2025年1月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成
【図表2】日米の10年債利回りの推移(2024年9月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

上述の報告書の説明と合わせてみると、2月初めのベッセント財務長官と植田日銀総裁の電話会談の前後で、ベッセント長官からの利上げ要請などがあり、それを受けて日銀がタカ派に急傾斜、それに伴う日本の金利上昇、日米金利差縮小が円安是正の最初のきっかけになったということではないか。

貿易相手国の通貨安へ不寛容変わらず=米国

ところで、ベッセント長官は報告書を受けた発表文の中で、「トランプ政権は、米国との不均衡な貿易関係を助長するマクロ経済政策はもはや容認しないと貿易相手国・地域に警告してきた」とした上で、「為替政策の分析を引き続き強化し、操作を認定した国・地域に対する措置を厳格化する」と表明した。

4月のトランプ大統領の相互関税発表をきっかけとして「米国売り」が急拡大すると、米ドル/円も一時140円割れとなった。こうした中で、米ドルへの信認低下に伴う「米ドル危機」の懸念も浮上した。このため、トランプ政権が貿易不均衡是正のために、貿易相手国へ通貨安是正を求める姿勢も変更を余儀なくされた可能性がある。

ところが、5月に入ると、台湾や韓国との関税交渉で米国からの通貨高要請があったとの噂から、台湾ドル、韓国ウォンはともに急上昇した。そうしたことに加え、今回の米為替報告書の上述の記述から、米当局も「米ドル危機」リスクには配慮しつつも、一方で貿易相手国の通貨安に不寛容な姿勢に著変ないことが改めて確認されたといえるのではないか。

円安許容上限「ベッセント・シーリング」は150円?

上述のように、5月に入ってから台湾や韓国に対して米国からの通貨高要請があり、それが台湾ドル、韓国ウォンの急騰をもたらしたとの見方が為替市場で広がった。実際に、台湾ドル、韓国ウォンのトランプ政権発足後の対米ドル上昇率は、4月までは5%未満にとどまっていたが、5月に入ると10%以上に急拡大、円の上昇率とほぼ肩を並べるところとなった(図表3参照)。

【図表3】主要なアジア通貨の2025年の対米ドル上昇率
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

以上のことから、客観的に韓国等への米国からの通貨高圧力は、実際にあったように感じられなくもない。ところが、今回の報告書についての説明分の中でベッセント長官は、「中国や日本、韓国などの貿易相手国との協議で為替政策が議題に上ったことはない」と述べていた。これを鵜呑みにできるだろうか。

通貨外交の担当者を通貨マフィアと呼ぶことが示すように、昔からこの世界では嘘や隠し事も許されるとされてきた。その意味では、ベッセント長官の「韓国などとの協議で為替政策が議題に上ったことはない」という説明は、図らずもこれまでと同様に通貨外交は「嘘が許される」ことを表しているのではないか。その意味では日米の通貨交渉でも、これまでの公式説明とは別に、為替協議が行われてきた可能性も意識する必要はあるのではないか。

例えば、上述のようにトランプ政権発足後の対米ドルでの上昇率が4月まで5%未満にとどまっていた台湾や韓国に対しては通貨高要請があった可能性がある。これを日本に例えるなら、158円から5%程度の円高は150円程度になる。米ドル/円は4月以降150円を大きく割れて米ドル安・円高となったことから、円高要請が表面化することはなかったものの、150円程度まで米ドル高・円安に戻すようなら話は別ではないか。

トランプ政権の対米ドルでの円安許容上限、「ベッセント・シーリング」というものが仮にあるなら、それは150円程度が目安になっている可能性が注目されそうだ。