2015年当時、暗号資産(当時はまだ「暗号資産」という呼び方は定まっておらず「仮想通貨」と言われていました)の事業領域には、明確な法律が存在していませんでした。誰でも、どんな暗号資産でも、自由に販売や保管を行うことができる状態にあり、消費者保護や不正リスクに対する公的な枠組みは整っていませんでした。

私たちCoincheckをはじめとする暗号資産交換業者は、こうした現状に強い危機感を抱いていました。業界が社会的信頼を得ながら成長していくためには、自主規制の整備や法的枠組みの構築が不可欠であると考えていたのです。

先に述べたように、国内では2014年、Mt.Goxの破綻を受けて、同年6月に自民党が「ビットコインをはじめとする『価値記録』への対応に関する中間報告(案)」を公表していました。

しかし当時、暗号資産事業を所管する省庁すら明確に定まっておらず、行政の対応も立ち遅れていました。そこで、私たち事業者側が先んじて動き出すことにしました。業界全体で一致団結し、事業者の立場からの声をとりまとめ、政治や行政と建設的な対話を重ねていくための体制づくりを始めたのです。

その動きの中で、2014年9月、「一般社団法人日本価値記録事業者協会(JADA)」が設立されました。

設立には、bitFlyer、Payward Japan(Kraken)、Coincheck、Orb、ガイアックス、日本マイクロソフト、GMOインターネットなど、国内外の主要な暗号資産・ブロックチェーン関連企業やスタートアップ、大企業が参加しました。多様な立場のプレイヤーが集まり、「業界を自ら整える」という共通の意志を持って協力し合ったのです。

JADAでは、週に一度、各社の担当者が対面で集まり会議を行っていました。会議では、暗号資産やブロックチェーンに関する政策提言、利用者保護に向けた業界ガイドラインの策定、企業間の連携による新規ビジネスの創出、さらには国際的な業界団体との連携まで、多岐にわたる議論と実行が行われていました。

JADAは、自主規制団体として、暗号資産と「価値記録」に関する健全な運用のためのルールを作り、関係省庁との連携や消費者保護にも真剣に取り組んできました。そして2016年4月15日、JADAはさらに一歩進んだかたちで、暗号資産のみならず、ブロックチェーン技術全般の普及と産業振興、政策提言を目的とした組織へと改組されました。

それが「一般社団法人日本ブロックチェーン協会(JBA)」です。

官・民・業界が連携しながら、未整備だった暗号資産市場に制度と秩序を築いていく。その基盤づくりに、自らが当事者として関わったことは、今でも誇りに思っています。

そして今振り返ると、この時期に自主規制団体を立ち上げ、競合他社と協力関係を築けたことの意味は非常に大きかったと感じています。

市場が急速に成長し、競争が激化する前だったからこそ、各社の間に不信や敵意はなく、感情的にも論理的にも、建設的な関係を築くことができました。一度熾烈な競争を経験してしまうと、そこに感情的なしこりが残り、対話は難しくなります。その前段階で、人として向き合い、お互いの人柄や姿勢を知っておく。それが、後の業界全体の信頼関係にもつながったと感じています。

制度づくりという共通の目的を通じて、ライバルでありながらも信頼できる関係を築けたことは、この分野における日本の強みのひとつだったのかもしれません。