より大きく譲歩したのはトランプ大統領か
米ドル/円と日米金利差(米ドル優位・円劣位)の関係は、4月に入りトランプ大統領の相互関税発表をきっかけに世界的な「関税ショック」が広がる中で大きく変わった。米国債も売られ、株、債券、通貨の「米トリプル安」が急拡大する中で、日米金利差拡大を尻目の米ドル/円急落となったわけだ(図表1参照)。

このような「米国売り」拡大が、今回の関税交渉で予想以上に早く米中が歩み寄ることになった大きな要因だったのだろう。そうした意味でも、この米中の歩み寄りは、トランプ大統領がより大きく譲歩した結果との見方がやはり有力なようだ。
では大いに懲りたトランプ大統領が自身の関税政策を完全に取り下げることになるかと言えば、それは違うのではないか。よく知られているトランプ大統領の「勝つためのルール」、「非を認めない」、「勝利を主張し続ける」といった傾向などから考えると、明らかに「負け」を認めざるを得ないような関税政策の取り下げはやはりないのではないか。そうであれば、米中対立が再燃するリスクもまだありそうだ。
今回の「関税ショック」は米国の信認を大きく傷付けた懸念がある中で、対米投資の見直しが本格化したのも「米国売り」の一因だったのではないか。そうしたトランプ不信は、元に戻ることはないのではないか。そうであれば、対米投資リスク・ヘッジや投資引き揚げの動きは米ドル反発を抑制する要因になりそうだ。
空前の円買い逆流は150円が分岐点=政治的にも注目水準か
5月12日、米中の大幅な関税率引き下げ合意が発表されると、米ドル/円は一時148円以上に急騰した。ただこれは、日米金利差拡大からは大きくかい離したものだった(図表2参照)。

米ドル/円は、2025年に入ってから4月までの間に20円近くも大きく米ドル安・円高となったが、その中で短期売買を行う投機筋のポジションも、空前の規模で米ドル売り・円買いに傾斜していた可能性があった(図表3参照)。米中合意を受けて急ピッチで円安が広がる中、空前の円買いポジションの手仕舞い(円売り)に動いた結果が、金利差変化以上の米ドル高・円安をもたらした一因だったのではないか。

このような投機筋の円買いポジションの損益分岐点は、過去半年間の平均値である120日MA(移動平均線)が1つの目安になる。足下では150円台なので、それを超えて米ドル高・円安が広がりそうになると、円買いポジションの損失拡大を回避するため円を売って米ドルを買い戻す動きが加速する可能性がありそうだ(図表4参照)。この150円という水準は、トランプ大統領が円安批判を繰り返してきたことを考えると、政治的にも重要な意味を持つ可能性もあるだろう。

まとめ=米ドル安・円高の流れは変わらないか
5月に入り、米ドル/円は一時人民元などアジア通貨高に連動し、米ドル安・円高に動く場面もあった。中国の人民元は、トランプ大統領の相互関税発表直後こそ大きく下落し、中国が対抗措置として人民元安誘導に動いた様子があったが、4月中旬からは人民元高傾向が続いている(図表5参照)。関税交渉の米中合意を模索する中で人民元高への誘導が検討される可能性はあり、それは同じアジア通貨である円の上昇要因になりそうだ。

以上、前後編2回にわたり、今回の米中緊張緩和をきっかけに、2025年に入ってから続いてきた米ドル安・円高が終わり、米ドル高・円安へ流れが変わるかについて考えてきた。
米景気回復や空前の円買いの逆流は円安要因だが、トランプ大統領の関税政策をきっかけに起こった米国への信認低下とそれに伴う「米国売り」が完全に終わったかはまだまだ懐疑的だろう。そして「米国売り」リスクの後退局面では円高や人民元高への圧力が再燃しやすそうだ。
以上からすると、米ドル安・円高の大きな流れはなお変わらず続いている可能性がやはり高いのではないか。